2016年4月16日土曜日

カヌーがないと困る人


店の守り人、ふっくん。
なおきさんとだいちゃんは、湖の日ということで、 WILD WEST SIDEへ。
ぼくはEAST SIDEでゆるりと。


宝石を散りばめたかのよう。とにかく、クリア。


カヌーがないと困る常連さんのお相手。


同じ場所を何度も漕ぎ、同じ場所のその時ごとの違いを感じ取りながら。
川の面白さは、分かりやすい。
湖の面白さは分かりにくい。


「なくても誰も死なないカヌー」とよく表現する。
「カヌーがなくて困る人はいても」とも。

しかし、気づいた。

「カヌー」だけではない。「ぼく」もそうじゃないか、「みんな」そうじゃないか、と。

「ぼく」がいなくても誰も死にはしない。
「ぼく」だけではない。「誰」がいなくても、「誰」も死にはしない。
存在なんて、良きも悪きもそんなもんだ。

「何」がなくても「誰」も死なない。
けれど、困ることがある。

「何」がないと一番困るのか。「誰」がいないと困るのか。「何」さえあれば、笑えるのか。
大切なことを大切に。言葉でいうほど簡単ではない、けれど。
手は二つしかないし、ぼくらはひとりずつしかいない。
すべてを抱え込むことなど到底無理。選別も必要だ。時間も労力も心も有限。嘆いたり失望したりする時間がもったいなくなってきたのは、成長の証だろうか。それとも、何かを手離してしまったのか。
いつまでも同じままではいられない。ぼくらはみな、いつか、いなくなる。何にも誤魔化したくない。

何にこだわりたいのか、譲れないことは何か。誰にこだわるのか。何のために、今そこにいるのか。
いつでもクリアにしておきたい事。

「惰性」という言葉がぼくは嫌いだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿