2013年1月28日月曜日

『荒野へ』ジョン・クラカワーと『深夜特急』の精神性

年末に体調を崩して以降、日中に長時間動くと決まって微頭痛がやってくる。
体力ゲージ120が最強としたら、今の僕は40くらいか。身体が心のままに動く気持ち良さをそれなりに味わっているだけに、もどかしい。かといって、東京でランニングをする気には、無駄に放射線という異物を取り込む気には決してならないのだが。



遅く起きた日曜日。
星野道夫シリーズと共にぽちっとした一冊。ちらりと1ページ目をめくってしまったのが運のつき。3、4時間ほど僕はアラスカへ「ぶっ飛んだ」(沢木耕太郎、若いころの口癖)。

友人に指摘され気付いたが、一月の僕は、明らかに読み急いでいる。

ざっと内容は以下の通り。
「全てを捨て、たった一人でアラスカの荒野に分け入った若者。厳しい大自然の前に力尽き、無残な死を迎えるまでの心の軌跡を鮮やかに描き、アメリカ中の心を揺さぶった、感動のノンフィクション!」

原題は『into the Wild』で、こちらは映画版タイトルにもなっている。
夏場にnaokiさんから「鑑賞禁止令」を出されていた、いわくつきの作品である。

本を読んで、大いに納得。naokiさんは僕より僕のことを分かっている。

主人公、クリスには、多かれ少なかれ、誰もが備えている要素があるように思う。
もう一人の自分の悲劇を見るのは、あまり気持ちの良いものではない。実際にこの事件が起きたとき、アメリカ中でさまざまな反響があった。誹謗中傷、賞賛‥ありとあらゆる声が寄せられた。

例外に漏れず、僕の中にもクリスはいる。

ex1、主人公クリス
・常識があまりない
・森を見てなかなか木が見られない人間だった
・機械いじりは向いていなかった

ex2、エヴァレット・ルース(似たケース1)
・未熟なロマンチスト
・青臭い唯美主義者
・身の安全に不注意

ex3、カール(似たケース2)
・夢見がちでいささか現実離れをしていた


まるでそれぞれが皆、僕のことじゃないかと思いながら、目をそむけたくなりながら、とまることなく原野を歩いた。彼らは、たまたま、「死」に縁あった僕の、いや、僕らの分身だ。
たまたま、僕は、僕らは生きているにすぎない。

そうして、これらが『深夜特急』の流れを汲んでいることを、さて、僕はどう解釈すればいいのか。
まあ、『深夜特急』のソフトクッションがあったから、動転せずに読み終えることができたのだが。このタイミングからのメッセージを読み解くならば、僕はまだまだ生かされるようだ。


沢木耕太郎、クリス・マッカンドレス、二人はともに、西へ向かう修道者であった。それは、たまたま?その本を連続して読むことになったことは、たまたま?

沢木耕太郎は生き、クリス・マッカンドレスは死んだ。どちらが、どちらにでも転じる可能性があった。
生も死もたいした違いではないのかもしれない。どちらもたまたまの賜物でしかなく、たまたまにしては、あまりにふたつはかけ離れているように、現世では見せられているに過ぎないのかもしれない。

以下、『深夜特急5 トルコ・ギリシャ・地中海』より、【sympathy sentence 抜粋‥


1
…このまま安宿のベッドに横になったら、ふたたび立つことはできないのではないかという危うさを、どこかに抱え込んでいるようでした。多くは二十歳をえていましたが、ポール・ニザンのいう「一歩踏みはずせば、いっさいが若者をだめにしてしまう」状態に陥っていたのです。


2
…このような危うさをはらむことのない旅とはいったい何なのか、と。

3
道の往来の途中でついに崩れ落ちる者も出てきます。クスリの使いすぎで血を吐いて死んでいったカトマンズの若者と、そうした彼らとのあいだに差異などありはしないのです。死ななくて済んだとすれば、それはたまたま死と縁が薄かったというにすぎません。

4
しかし、とまた一方で思います。やはり差異はあるのだ、と。結局、徹底的に自己に淫することができなかったからだ、と。少なくとも、僕が西へ向かう旅のあいだ中、異様なくらい人を求めたのは、それに執着することで、破綻しそうな自分に歯止めをかけ、バランスをとろうとしていたからなのでしょう。そしていま、ついにその一歩を踏みはずすことのなかった僕は、地中海の上でこうして手紙を書いているのです。


★★★★


沢木耕太郎的に言うなれば「徹底的に自己に淫することができた」クリスはある意味で、幸せなのではないかと思う。
願っても、たいていの人は寸前でブレーキを踏むし、それより多くの人は、アクセルすら踏まない。アクセルやブレーキに気付かない人の方が多い、かなあ。
アクセルを踏めずに地団太を踏みつつ、妥協して己をどうにか受け入れる。滑稽な自分を受け入れようともがく。または、見ないふりをしたり誤魔化しているうちに、時間が解決する。
すべてを断つ聖人の道は確かに険しいが、この世界に適応し、面の皮を厚くすることもまた同様に険しい道ではないか。比べること自体間違ってはいるが。

また、ブレーキやアクセルとかいった個人の意思だけがそのまま結果に反映されるわけでもない。ある程度はコースを決める要因になりはしても、予期せぬ力がどこでどうきいてくるかは、誰にもわからないし、対策の打ちようがない。
神さまを僕は信じないけれど、まあ神さま的存在があることは感じていて、抗えない「大いなるチカラ」に委ねるほかないと思っている。
投げ出すでもなく諦めるでもなく、すべては、おさまるべきところに落ち着く。無力な僕は無力なりに嘆くのでなく、必死に悶えるのである。それを太陽が、お月さんが、友人たちが見てくれているから、やめるわけにはいかないのである。

死ぬものは死ぬ。生きる者は生きる。それだけだ。それだけでは済まないけれど。

僕は、まだまだ、もっと、とことん現世で悶え尽くすのだ。




2 件のコメント:

  1. 北国の極悪オヤジ2013年1月28日 10:51

    ふ・ふ・ふ
    ダークサイドへようこそ・・・
    体調の悪い時にこんな本読んで、ダークサイドの落とし穴に落ちてネバーランドへ行かないようにね(笑)

    読む順番もいいよねぇ~
    さて、星野道夫ですか
    ズッキュンワードのオンパレードですぜ
    AKBとモモクロ足したくらい凄いよ(笑)
    私も、人生で何度も何度も何度も(くどいか)読み返している本です
    星野道夫読んだら、体調回復するよ!

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  2. >北国の極悪オヤジさん
    不敵な笑いとともに、コメントありがとうございます!

    すぐそこサンクスならぬ、ネバーランド。ひきこまれないように必死です。

    AKBとモモクロプラスですか、それは凄まじい。
    とりあえず、「旅をする木」「ノーザンライツ」「イニュニック」を揃えてみました。一月は超陰だったので、二月は星野さんとともに陽へ向かいたいところです。

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