2016年8月13日土曜日

花は咲く、女子は笑う


女子という花は、何やら死ぬまで花を咲かせる不思議な生き物であるらしい。

お店にあなたがいるといないとでこうもちがうか。


かつて、みねちゃんに贈られたうた。たかちゃんに引き継ぎだな。


あなたがそこに ただいるだけで
その場の空気があかるくなる
あなたがそこに ただいるだけで
みんなのこころがやすらぐ
そんなあなたにわたしもなりたい

「ただいるだけで」相田みつを

2016年8月10日水曜日

心に訴える人、訴えない人


どうでもいいことは、本当にどうでもいい。


(礼文。北のカナリア)

興味のあるなし、好き嫌いは、くっきりクリアアサヒだ。
みんなちがってみんないい。しかし、良いと好きは少し違う。
誰でも好きな訳じゃない。

愛想笑い、苦笑いはあまり得意ではないし、ぼくは嘘がつけないつもりだが、意外と心と顔はリンクしていないのだろうか、はたまた、世の中鈍な人もいなくはないのかもしれない。

どうでもいい人にどう思われても、それは本当にどうでもいい。 どうでもいい物事には冷酷だ。嘘はつけない。だって、何でか好奇心が疼かない。足が動かない。そそられなかったら、何も生まれないし、生みたくもない。
どうでもいい物事に構う暇があれば、その分の時間やエネルギーを削減して、どうでもよくないVIPたちにあてて、その人らの笑顔をみたい。
ぼくのためにも、地球のためにも。

分かりやすくありたい。
どうでもいいことをしている暇はぼくにはない。誰にもない。
だからといって謝ることもしない。ぼくにとってどうでもいいことを大切に思う人がどこかにはいるだろう。
どうでもいいことや人には、どうかぼくを無視してほしい。
しかし、思ってもいないことを口に出せてしまうぼくもたまにいる。
上っ面だけの言葉を吐ける自分が自分で気持ち悪くなることもある。大人に少しなったなあ。なっちまったなあ。落ち込む。
ぼくは自分を嫌いになりたくないから、好きな人とだけ、好きなことだけをこの手に集めて、ともに暮らしていきたい。

美しさをのみ、ぼくは全面的に肯定する。








2016年8月9日火曜日

ニンニク抜きの餃子の唄


カヌーのない暮らし。

コーヒーのないカフェ。

君といないぼく。

ニンニク抜きの餃子。

働き者・たかこのいない夏。

水のない湖。

口数の少ないおじさん。

手づくりケーキのないSotoCafe。

おはようと抱きなおさない朝。

おかえりなさいの聞こえない夜。

尻尾を振らない犬。

こだわりのない、口うるさくない、ぼく。

生きている実感を得られない暮らし。



支笏湖にいないぼくら。






2016年8月7日日曜日

立秋の会いたかった


どるふぃん。


(photo by たんたん)

会って思った。

会いたかったんだ、って。寂しかったんだ。悲しかったんだ。オレ。
認めてしまっても仕方がないから否定してきたけれど。

あーだこーだ、結局、どうでもよくなんかないんだ。

会えば全部分かってしまう。
会わなきゃ全く分からないことが全部。大事なことは全部、電波で飛ばせない。ブログなんか、「なんか」くらいだとぼくは思いながら書いている。

だから、この文章が、てやんdayがぼくのすべてだと思わないでいただきたい。むしろ全部、疑ってかかってほしい。それくらいがちょうど良い。間違っても分かった気になんかならないでほしい。
「読んでいる」って言われるのは嬉しいけれど、ひとり講演会より生身での対話をこそぼくはしたいし、大事にしているし、していく。
ここにぼくは三ミリくらいしか存在しない。嘘はないけれど、言葉は心をいつだって越えない。言葉が追いつくほど貧しい心なんかであるはずがない。言葉は不自由だが心は自由なのだから。

言葉にした瞬間、心は色を変える。心はお高い。ぼくは安売りはしない。

人と人との間にあるものは、心は、目を合わせるところからしかはじまらない。
ぼくは生ものにしか価値を見出さないし、興味がない。

人は、分かっていたい人のそばにいく。


生きててくれてありがとう。

目を逸らさないでくれてありがとう。


ぼくはずっと、どるふぃんに会いたかったんだ。

2016年8月6日土曜日

広島の日

平和の日は久々の晴れ凪。



今日も忙しかったね。疲れたから、ちょっとカヌー漕ぎに行かない?


 明日も思いっきり働けるように。


ぽつり。「うまくなりたい。」

なくても誰も死なないカヌーって、一体何なんだろう。
なくても誰も死なないぼくらって一体。

まあいいや。何でもいいや。ただ、「今」があることを素直に喜ぼう。


「パドルトーク」
お酒飲まなくても、カヌーがあれば。



「生きててよかった」、そんな夕方は何度あってもいい。



さ、おうちに帰ろう。

2016年8月5日金曜日

a long long day

早朝から夕方まで。
頭をフル回転、身体は勿論使い倒す。


しんどいけれど、疲れたけれど、この「やったった!」感がビールの味を決める。

冬も夏も、思えばいつも必死だ。
苦しいときほど、試される。
オレ、もっとやれるだろ?こんなもんじゃないだろ?

手を抜こうとすればいくらでもできる。
けれど、ぼくは誰かに強要されたのでなく、「これだ」と思い、ここにいる。やらされている感満々の年もあったけれど。
やらされていることはひとつだってない。

働く喜びを堪能し尽くしたい。

働き方は、その人の思考を体現する。
誰かに任せるのでなく、長いモノに巻かれるでもなく、頭を下げることもせず、
小さいけれど、たしかな自分たちの手で掴んでいきたいものがある。

2016年8月3日水曜日

透き通るような美人


午前、今シーズン初泳ぎ。
泳ぎたいけれどおっかなくてたまらない子供たちと手をつないで、せーの。
このあと二回ツアーがあるとか、理性で動くのが一番おっかない。今、お客さんが求めていることは何か。感じたなら、動けるか。


(本気の冬季カフェごっこは、当たり前になりすぎていた好きなことで稼ぐことの意味や価値を教えてくれた。踏ん張るうちに、いつしか、ひとり、贅沢三昧のクソガキは消え失せた。背負う意味、背負わせてくれた事実、信頼。やりがいや、喜び、苦しみ。どれもずっと、目をそらしてきたけれど、実は一番欲しかったものであること。生きているという確かな手応え。)

ツアー時に距離の測り方、詰め方に悩んだことはない。
日常では攻めこみすぎて痛い目に遭うことばかりだが。

「人たらし」と先日、透き通るような美人に言われて、妙に納得してしまった。男でも女でもなく、人。人たらしか、と。

必要な引き出しをここぞなタイミングで。
出し惜しみしたら、何のために生きるのか見失ってしまう。

午前はちなみに、松澤夫妻と出陣した。たかこ乳母がいる間だけ。ガイドとしてのなおさんに会えるのは、つまり、なっまら貴重なんやでー。
まあ、一番嬉しいのはぼくかもしれない。何のストレスも感じずに動ける。ぼく自体がストレスかもしれない。…ヒィー!

今まで過ごした夏の中で、一番温い水。

夏休み真っ盛り。

毎日よく働き、よく笑い、アホみたいに眠い。