2017年10月13日金曜日

時空を超える定山渓のカレー


四年前、兄のように慕った人に教わった定山渓のカレー。

‥ああ、あれから思えば様々、随分と変わった。
まっとうにやれているだろうか。いつかの自分に怒られそうな気もするようなされるわけがないような。


知る人ぞ知る。「カラバトカリー」。

ああ、ぐるりと、回った。時が満ちた。スパイスハイ。脈打つ鼓動。めぐる血液。高まる体温。
ぼくは鎌倉に行くのだろう。いや、行くことになるのだ。なんせ、世界はまあるいのだから。

導かれるままに流れることを忘れてはならないようだ。かつて、スーホーは友だちだったのか。
ぼくらは何度でも生まれ変わる。たった一食のカレーが大きく何かを変えることもある。
憑き物がとれたというか、身が軽くなったというか、必要なのは、執着すべきは今だけ。

2017年10月11日水曜日

言葉より速く



続く北通い。
雨竜のアンティークショップ「豆電球」のイケてる外観。

コーヒーとカヌーの相性の良さを認識させてくれたその人のことをここ数日考えていたら、たまの店番日、突然その人が目の前に現れた。
あれ?何で?

ふらりと立ち寄っただけとのこと。

贈った言葉たちを見たわけでもなく、というか、言葉を贈るぞという心だけが届くことがあるのだなあと、言霊の不思議を思わずにはいられない嬉しい出来事なのだった。

手紙を書くこと。
忙しいとできないしする気にもならないし忘れた気になるけれど、手紙を書く時間、誰かを思い、誰かのために費やす時間がぼくにはやっぱり必要なのだ。
ラインでは埋められないコミュニケーション欲を満たすのはスロウすぎる手紙だけ。

2017年10月9日月曜日

10/29(日)『恵庭ものづくりフェス2017』

千歳の変人・こにたん(小西木材)主催、かなり熱量の高そうなイベントが今月末に開催予定!
支笏湖からはマフィン屋さんも出店するらしいよ。


恵庭ものづくりフェス2017」?
「北海道のものづくりを盛り上げようというイベントです。

普段恵庭では見ることのできないような出展者や体験ができます。出展者と地域の方の交流、学生と出展者の交流、出展者同士の交流を目的としています。」

2017年10月8日日曜日

空飛ぶムササビタープ@シュマリ

本日、支笏湖は好天、あたたかな「紅葉まつり」で大賑わい。
人波にもまれるのはやはり得意ではない。
夏の疲れから逃げる術はないのだろうか。まあ、ないよなあ。


美しきフォルム。背景がまた素晴らしい。完璧。素敵だなああ。
久々、ムササビタープが気持ち良さげに宙を舞う、の図。

2017年10月6日金曜日

秋は赤いよ、そば畑@幌加内

会いに行くこと以外、好きだと伝える術を知らない。
何だろう。東も好きだけれど、気づけばいつも北に惹かれる。


今秋最大の学び。夏は白い花を咲かせることは知られているけれど。
まさかまさか。実は秋も負けていない。

おいしいだけではない、眺めても良し、そば畑。
秋、赤く染まるよ、そば畑。@幌加内(ほろかない)。

2017年10月5日木曜日

月とカヌー2018入荷

中秋の名月といえば、これ。【月とカヌー】の、はからめ月のカレンダー2018。


画像拝借。

かのあでは
・A4サイズのカレンダー
・ムーンサークルカレンダー(コットン100%)
取扱中。

気になる方はお早めに。
取り置きも可能でっせ。

今年ようやく出会えた匠さん、よし子さん。

カヌーを通してつながる人は皆、素敵。

こうあるべき。アホ臭いなりにとらわれているくだらないセオリーを明日中にはゴミ箱に捨ててしまうつもりで眠ろう。

そうそう、秋のオコタンペ湖、最高です。

2017年10月4日水曜日

「二十九、三十」秋と冬の狭間に揺れる銀杏ボーイズ

シュマリ、家外屋倶楽部、迫る湖炎祭、テンポを上げた秋足。
クレイジー極まりない刺激的な秋。
なんだか、泣きたくなるほど美しい景色だったり、手応えだったり、落ち込むくらい情けない自分に出会ったりして、容量オーバーなまま回り続けるハムスターみたいです。

おかげで、どうでもいいことは本当にどうでもよくなるから、そこは幸せ。どうでもいいことばかり考えるのがぼくの仕事のひとつではある。でも、足元より、やっぱり、空に手を伸ばす方が幸せ尚且つ健やか。


パンクしないために、ギリギリ待ってくれていた紅葉散歩。
photo by さ。

どうしたら良いのか、何にも咀嚼できないまま、しかし、誰に分かられなくても自分の内に刻み付けておきたい、「これから」のための新たな世界の扉がうっすらと見えたような。
太陽が昇ったと思いきや沈む短き一日。手の隙間からこぼれる。まるで器用ではないので、様々なタスクを同時に進めることができない。一つずつしかできない、何事にも意味が必要で、仕方がない。
自分の乗りこなし方を分かっておくことは自分のため、まわりのため。

感謝を伝えるには、何ができるだろう。
思い浮かぶのも、やりたいことも、できることも、いつも同じ。

どうでもよくないあの人に、なかなか会えなくなったあの人に。
会わない間に色々それぞれに起こるわけだけれど、それらをいちいち共有する時間も労力もなかなかかけられなくなっていくわけだけれど、
物理的距離を越えられるのは、ぼくには、いつも、たった一つの行為だけ。
すれ違っていく人と人。たまたま出会ったこと、たまたまよく顔を合わせたこと、それがいつまでも続くことは非常に稀、ほぼ皆無であることも分かるようになってきて、
それは決して悲しいことではなくて、人間だもの、とどまってはいられない。
そのとき、お互いに必要とし合った事実があるだけで満足しろって贅沢な話なんだろう。

久しぶりに手紙を書いています。
どうでもよくないあの人に。なかなか会えなくなったあの人に。
電話でもラインでもフェイスブックでもメールでもなく。とにかく、時間をかけたいのです。手間を惜しみたくないのです。手間こそ、無駄にこそ、人間らしさがこもると信じているのです。
何を書こうかななんてことは何にも考えずに、いつも、ただ、机に向かうだけ。
書き終わったらポストに投函して、投函してから少し後悔をして、相手に届くころには自分が何を書いたかなんてことはすっかり忘れていて、忘れた頃に向こうから手紙が届いて。
ぼくにはこのテンポがちょうど良い。知りたい人の本音だけがぼくは知りたい。情報は多くなくていい。欲しいのは、本音だけ。

書いていると、思います。思い出します。溢れます。困ります。声が聞きたくて仕方がなくなります。酔っぱらって気が大きくなったときくらいしか、電話もかけられなくなりました。

秋のせいだろうか。

話なんかしないでいいから、とにかく、アテもなくぶらりと街をふらつきながら、笑い合いたいと切に願わずにはおれません。
返事なんかなくてもいいのです。見返りが欲しくて手紙を書くわけではありません。ただ、好きだって言いたがりなだけです。言えないから書くしかないのです。会えないから書くしかないのです。
それでも酔狂な友人たちは、この時代にわざわざ目には目を、手紙には手紙を返してくれます。
銀杏ボーイズのCDが手紙と一緒に届きました。
なんだか、いつもより沁みるのはきっと、

秋のせいだろうか。

おしゃ!センチメンタル全開でいきまっしょい。