2015年5月17日日曜日

風立ちぬ

穏やかで平和な土曜から一変。
風の唸り声が耳をつんざく、2015シーズン一番の大荒れday。
湖面で踊り狂うウサギたち。
毎日漕いでいる、けれど、だから、ここはこわいところだなあと、心底思う。

こういう日はどうもいけない。心ここにあらず。いつも以上にそわそわと落ち着かない。
風が立つ。湖面より何より騒々しくなる、この心。
少しは慣れてくれればいいのに、うるさいんだよという気持ちと、慣れてはいけない慣れだという相反する気持ちと。
コダックみたいに頭を抱える。

言葉を持たない者たちは、声なき声を持っていて、
言葉を持ってしまった愚かな生き物たちに語りかける。

ぼくらが呼吸をするように、【生命】には皆、呼吸がある。「湖」も然り。‥別湖

いっとう大事なことは、いつも支笏が教えてくれる。
叱ってくれる。優しくしてくれる。笑ってくれる。唄ってくれる。
でも、いくら通じ合っている気でいても、湖とひとつにはなれない。


いつもより、短い時間。一緒に乗って、友人知人ツアー。



新緑も整ってきて、水の色が明るくなってきました。


2015年5月16日土曜日

一カヌー乗りとして

支笏湖温泉街、湖畔沿いのとあるお店。
店長代理(なおきさん)の気分次第で?赤と緑のカヌーが入れ替わるそうな。


本日、午前。ほぼベタ凪。


いろいろどうでもよくなる美しさ。天国なんてのがあるのなら、きっとこんなところだろう。

湖面が凪ぐと心中穏やかではいられない。



体感水温度計は、本日5℃+。
5℃以下は、痛みが走る。今日はそれがマイルドだった。もう少しすれば泳げるね。



現場感覚を取り戻せ。
何百回と繰り返しているわけだけれど、こうして振り返ったときのカヌーたちがぼくは好きだ。

橋をくぐって川から湖へ。




 まるで夏。




乾く春


何だか空気がかさついているおかげで、どうも体調が冴えない。
風も太陽も不安定な春にリンクしてしまう敏感野郎はぼくだけではないようで、気圧に悩まされている人がちらほらと。


そんなこんなで、
「まだ支笏湖にいるのか?三日前から実は…」
友人から唐突な電話。あほか。人のことは言えないが。

出会って早十年らしい。
人の十年なんて、昨日みたいなものだなあ。
重みを一切感じられない十年はぼくに安堵、脱力感を与えてくれる。

無力感。これが大事。水の上での学び。潔い敗北感。癖になる快感。地球に歯向かっても無駄。受け入れるのみ。今畜生には鉄拳。感謝には許し。誤魔化しても無駄。全部お見通し。愛される人、愛されない人、その違いはナニ。それは覚悟。そこに賭すナニか。

何をやろうがやらなかろうが、一生は一瞬。一人一人の生命なぞにたいした意味などない。
だから、シンプルが一番。これだと思ったら、それが正解。それも正解。

大して変わっていないけれど、十年前よりずっと楽。十年前のおかげ。ありがとう。

2015年5月14日木曜日

終わらない物語~眩い新緑 スイープ美人~の巻

物語には結末がある。始まりには終わりがある。が、しかし、終わらない美人というのが世の中には在るのです。


ここ数日は新事務所作業円滑化システムを構築すべく奮闘していたのでなんだか久しぶりのツアー。
‥といっても、たった三日ではありますが、現場野郎には貴重な時間でございました。
恋は盲目とはよく言ったものです。距離を置くとよく分かる、恋の真価、素直な気持ち。



支笏湖漕ぎは一年振り。
「ガシガシ漕ぎたい」欲求は満たされたろうか。


事前の台風予報に「泣きそうでした」とは、おにーさん。格好も決まっているお二人に太陽からのご褒美。



眩すぎる、春紅葉。いつの間に。この前まで「もう少し」だったのだけれど、見ているようで何も見ていないのだなあ。分かっているようで何にも分かっていないのだろうし。
新緑の千歳川も素晴らしいだろうなあ。

色彩の美しさに逸る心。夏か来るぞ。




支笏湖~千歳間の春紅葉トンネルも最高です。

2015年5月11日月曜日

「ほり・W・ほーりー」劇場


水の上以外の居場所ができました。


【かのあ】な日常も、あれもこれも、変化の大きな今春。
冬を越し、そろそろ来道一年を迎えるほーりーも、なんだか様になっています。


さて、今日はどのパドルにしようかな。
マッシュルームグリップのパスファインダー?ワンピースパドルのアッシュビーバーテール?



え?なんですか?面白いことやれって?



‥Hey!

サービス精神旺盛なほーりーおじさんなのでした。


淡い、産毛のように頼りない新緑の候。ああ、もう、なんていじらしいのだろう。

赤いカヌーと、C・W・ニ‥違う違う。




2015年5月10日日曜日

サガリバナとバイカモとSBBとかのあショップオープンパーティ


たったひとつの花の名が、あの日の記憶を呼び覚ます。


「名前って何?バラと呼んでいる花を別の名前にしてみても美しい香りはそのまま。」
とは、シェイクスピアか。

北にいながら南のサガリバナの話を聞かせてもらったので、ぼくは千歳川にゆらめく可憐なバイカモの美しさについて話したのです。


春を探して、水上散歩。



「happiness only real when shared」
(幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合ったときだ。)

こうして、目の前に幸せが見えるわけです。


ただ今、千歳川は、白い妖精たちが主役。




そこから支笏湖へどたっと移動して、本格始動のSotocafe開店。





湖畔沿いでは、ぼくの好きな花、シラネアオイが咲き誇っていました。



2015年初SBB(しゃぼんぶ)活動は、舞い散るサクラの中。


片付けを終えると、知った顔が続々と。


どれもこれも、カヌーがなければつながらなかった縁。


2015年5月6日水曜日

最初で最後?のサクラフレーム

今春GWのSotocafeはゲリラ的開店だったので、なかなかあのサクラが登場しませんでしたが、今日は今季初にして最後?かもしれないお花見Sotocafeとなりました。



ちょいと葉桜モードに入ってはきているものの、いやはや、やはり、美しい。
めでたく陽気な春とはどうも相容れないぼくですが、このサクラは好きです。


去年のサクラ、一昨年のサクラ、どこかのサクラ、いつかのサクラ。
サクラの数だけさまざまな思い出が脳裏に浮かんでは消え、ああ、月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也‥なんて、おくのほそみち、松尾芭蕉。次のテストに出るってよ!



サクラを見て、「きれいだね」と言い合う。
幸せってそういうことだとぼかあ、思うのです。
それ以上も以下もなく、だからどうした、どうなったなんてさして重要ではなくて。

他愛もない会話の中にのみ、真実は宿るのだ、と。



「喋る」という技術はシンプルな故に奥深く、恐ろしくも面白く、それはまさにカヌーワールドに通ずる世界観。
カヌーも、話すことも、愛することも、すべては、音、リズムなのです。