カヌーに乗らずに死ぬ人の方が、majority。
しかし、そんな人生勿体なさすぎるとminority代表として思わずにはいられない。
乗れば誰でも分かるわけでもないけれど、乗らないと見えない世界の底のなさったら。
その扉があることを何とはなしに通常ツアーにも醸し出してはいる。勿論必要としている人にだけ。cultureとしてのカヌー。
支笏湖みたいな水の色。
知らない場所を漕ぐのはおっかない。分からないことが多いから耳をすます。何かあっては困るから安全第一。静かに染み渡っていく、生きている実感。
足裏には体温を簡単に奪う水。生と死は表裏一体。生は死がそばにあればあるほど強く輝く。
街中だと手放さざるを得ない自身のコントローラー。
パドルに預けているのは自らの命。ヒリヒリヒリ。人任せにしていては得られないスリル、おっかなさをこそ味わいたくて、ここに暮らし、パドルを掴み、自己を律する。
誰でもない自分を誰より信頼できるようになりたくて。
変な気を起こしたら簡単に死ねる。起こすなよ、変な気。
生への執着を高めていく。
どこでも良い。水でも山でも何でも良い。美しさにノックアウトし続けている内に死にたい。錆びるなよ、心。
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