2014年5月11日日曜日

桜・桜・「桜フレーム」尽くし

さてさて、昨日から始まった超ゲリライベント「桜フレーム撮影会」。
サクラが散り次第終了という時期モノです。


初めてのツアーは、ガイドもドキドキわくわくです。


naokiさんに教えてもらった昨日の練習の成果。

アナログの重みのあるシャッター音にビビりつつ、遠慮せずに激写させてもらいました。
一枚の重みが右手の人差し指にずっしりと感じられ、日々お客さまのデジタルカメラ(最近ではスマホ率が非常に高く小難しい)で撮影する際は「数打てば当たるだろう作戦」を敢行しているのですが、それができないアナログならではの責任ある緊張感が何とも心地よかったです。

写真は(も)一期一会であることを思い出しました。


夕方になると光が変わり、写真の色も落ち着いていきました。


このサクラが美しいのは、カヌーから眺めるからだろうか。


それとも、ぼくら以外に誰もいないからだろうか。


桜のうすピンクと水の緑の相性がいいからだろうか。


理由なんてどうでもいいか。

この名もなきサクラを美しいと感じるぼくらの心もまた美しい。



‥ウォーリーもびっくり、べんべを探せ。



2014年5月10日土曜日

直伝【桜フレーム】

毎日見ているはずなのに。


体中で「生命」としての喜びを表現すべく乱舞する桜の中に囲まれる赤いカヌー。


ぼくら人間だって、このサクラのように、【生命】を声高に唄っていいはずなのだ。

何をこわがり、しがみつくのか。守るべきものなんて片手あれば足りるはずだのに。


さてさて、サクラを愛でるぼくはというと‥

この頃、何だか大人になってしまったと妙な勘違いをしていた。

本当の大人は自らを「大人だ」なんて言わない。
精神的成長痛のようなものにただただ戸惑っているだけ。


言葉も顔も相変わらず誤魔化せない(誤魔化す気がないといった方が語弊がないか)ヘタクソな自分が腹立たしくもあり、
一方ではカオスな病める世の中に、分かりやすいのが一匹いてもいいだろうと開き直ってみたり、
にしても冬からの言葉たちはリズムも音もからっきし唄えていないではないかと落ちこんだり、
いや、それは目の前の暮らしを優先し、必死に執着し始めたがための犠牲であり、致し方ない、
むしろ今までの「目の前の人を大切に」と言いながらよそ見ばかりしてきた説得力のない主張にようやっと実際的な説得力が生まれるというもので喜ばしいことであり、
が、しかし、言葉のチカラを信じる身としては言葉より自分の幸せを取ったみたいな風にもうんたらかんたら‥まあ脳みそは右に左に忙しい。


書くこと、もてなすこと。
ぼくにとって大切なライフワーク。

どちらも今まで無意識で自然にできていたあれこれが両手の隙間からあれよあれよとこの頃はこぼれていく。
その事実が理解できていてもそれを修正する技術が足りていないので、そのギャップに戸惑うばかり。

冬も千歳川のそばに暮らしたせいか、おかげか、
ぼくは2011年からずっと、夢の中に暮らしていたことを知りました。


何は何でも、
毎年、日にちは違えど、サクラは咲く。


夢の中で暮らしてきたぼくは、
これから暮らしの中で夢を紡いでいけばいいのだ。


慌ただしく散った東京のサクラの分まで支笏の名もなきサクラをたっぷり愛でましたとさ。

2014年5月9日金曜日

止まない雨はない

「霧すごいですけど‥」
「雨大丈夫ですかね‥」

 心配そうなお客さま。

無理強いはできない、しない。
けれど、湖は凪いでいるし、雨には雨の美しさがあることをぼくは知っている。


降ったりやんだりの不安定なコンディションの中湖畔に上陸したならば、
お気に入りの春の花「シラネアオイ」ちゃんたちに出会えました。
今年も会えて、嬉しいなあ。

ひょろりと背高のっぽの頭でっかち アンバランスな君が好き



水位はまだ低く、通常時にはスニーカーでは上陸できない無人島にてガリバーごっこ。


去年のあの日も一昨年のあの日も、思い返せば思い出はいつも雨上がり。

雨上がりには素敵な物語が生まれる不思議。

湖上で味わう雨上がりの新鮮で静謐な匂いや空気感が、ぼくはたまらなく好きなのです。

そう、ぼくは雨上がりフェチ。

2014年5月8日木曜日

「宮沢賢治の世界をアートする2014」(2014年5月3日~6月29日)@苫小牧市美術博物館

春の強風にひたすら耐えたGWの報酬は体調不良だった。

報酬には程遠い応酬であることだよ。

せっかくの二連休だのに、今年は山がぼくを呼んでいる気がしているのに。

‥というわけで、自然では満たされない芸術心を「石っこけんちゃん」に刺激してもらおうと苫小牧へ走った。

詳細はこちら→【美術館HP


確かに「自然はあらゆる示唆に満ちている」(石川直樹さん)。


だのに、だからこそ、
ぼくは人がつくったものに定期的に触れて安心したくなる。

そんなとき、自分の習性の土台は娯楽天国・「街」で培われているのだなあとつくづく思う。
ちなみに今は「町」にいるつもりです。


大きな企画展ではないけれど、人も少なくゆったり落ち着いて楽しめました。
佐藤さんの版画はやさしくて素敵だなあ。

近場の方は是非。


以下、ラウンジで久々に読んだ『銀河鉄道の夜』より抜粋。

★「おまえはさっきおまえが考えたように、あらゆる人のいちばんの幸福をさがし、みんなと一緒にいくことだ。」

★「もうぼくはぼくのために、お母さんのために、カムパネルラのために、みんなのために、本当の幸福をさがすんだ。そのいちばん幸福なその人のために。」



「本当の幸福」を、カヌーに積み込んだならどこまでいけるかな。
ぼくのそれはきっととっても少ないから、15ftのパスファインダーでも事足りるだろう。







2014年5月6日火曜日

春風とさらばGW

風に翻弄され続けたGW最終日。
今日は強風も笑い飛ばして楽しんでくれた仲良し兄弟に感謝。

写真がないので、たまには先日の尻別川漕動画でも。



2014年5月3日土曜日

徒然日記~シマリス記念日


今日もカヌーを漕ぎました。


湖上を歩いているのは、遊覧船とぼくらだけでした。

とても気持ち良いのは、湖が穏やかだからか、君と一緒だからか。


視点を変えると、世界の色も一変するようです。


昼過ぎからは、風がぐるぐる回り出し、束の間の東風はあえなく強めの南西風に。



芽吹き初めの木々たちのこれからを思いながら、のんびりゆっくり無理せずみんなで漕ぎましょう。


まっすぐ進むのはなかなか難しい。でも、難しいから面白い。


北国の四季は、白い冬から始まるのです。


ほんの少しの冒険も終えたなら、そろそろおうちへ帰りましょう。


ツアー終了から15分後、予報通りにしっかりと雨が降りましたとさ。


明日はいよいよ、千歳川にて、グリーンカヌーツーリングです。


2014年5月2日金曜日

G.W.‥ニコルさん


ウェールズ系日本人、黒姫の赤鬼、といえば‥


C.W.ニコル氏でしょ!


ということで、ニコルさんのおかげでしょうか。
今日はナイスコンディションの中、ツアーを行うことができました。


写真はかのあブログリベンジ成功より転載の術。


「Sotocafe」カヌーツアーという形はこれまで通りなのですが、
案内するガイドたちの心模様は日々変化していく。

もしかしたらそのスピードは足早で移り変わる北国の季節よりさらに速いかもしれない。


少しずつ少しずつ勘を取り戻していくシーズン初め。
去年までの自分には見えなかった世界が、見えてきている。


どんどん無駄をそぎ落としていけたなら、最後には何が残るだろう。


ということで、
今までのぼく、さいなら。


シンプルに、さらり。


早川義夫さんではないけれど、
暮らしという音楽をかき鳴らしていけたなら、唄なんて唄う必要がない。
いつか、この「言葉」すら発する必要もなくなるだろう。


「毎日がブランニューデイ」とは、忌野清志郎さん。


暮らしと仕事。
カヌーとコーヒー。
きみとぼく。