コンディションが良いときに、良いツアーができるのは当たり前。
トップスター・支笏に対抗して出しゃばりさえしなければ。ガイドは脇役。エゴの塊だけで勝負できた若かりし日は既に遥か彼方。お客さんに転がしてもらう側から、しれっと転がす側へ。
言葉に頼るのでなく、テンションに任せるのでもなく、行間を味わってもらうべく。語らずして語る。しかし、人によって受け取るメッセージはさまざま。あるようでないような答え。白と黒の単純的二元論ではなく、その中間の幅広さを。こうかもしれないし、でもそうではないかもしれないという、想像力をかきたてる「ゆらぎ」。そんなようなところへ今年は向かっている。
なんぜ、ぼくは人様に感性の強要や強制を押し付けがましくされるのが大嫌いだから。
「心」くらい自由でなかったら。
自我のコントロールの仕方をこの仕事は学ばせてくれる。素晴らしいコンディションの日はそれこそ「透明人間」が理想。
ぼくは誰でもができないことをできるようになりたいといつも考えている。自分を乗りこなせる可能性がある人間はぼく以外にいない。この頃ようやく、乗りこなし方が分かってきたような。
ベストではないコンディションのとき、試される腕。
(最近のお気に入りショット)
どんなコンディションだろうと関係なく、質の高いツアーを行えているか。
どんなコンディションだろうと、許容ラインを踏み抜いてはいないか。
あくまで、自分の中の定規。感覚。
全くタイプは異なるはずだのに、何でかなおきさんとはやはり、このへんが一致するから不思議でならない。
好きなことに囲まれていたい。好きなものを好きだと唄っていられれば幸せ。
ぼくには仕事がすべてであり、これが守れないと、つまり、仕事から暮らしから心から人との間のことから、すべてが荒んでしまう。スイッチはない。全部、一緒。
どんなコンディションだろうと、美しさはどこかに潜んでいるはずで。
どんな人だろうと、美しさをどこかに持っているはずで。
その時々で移り変わる捉えどころのない、形に残らない一瞬の美しさを即座に発見できる状態を維持することが、仕事の一環。
些細な変化にどれだけ早く気付けるか。
気付けさえすれば、どんな場所も、どんな人も、好きになれないはずがない。
いくつになっても恋心は意気盛ん。人より先に人を好きになる才能をぼくは持ち合わせた。
去年の不調、グッドバイ。
やはり、目の前の人たちだけに、一点最大集中できるソロライブでこそ自分の真価は発揮される。全くもって武道館向きではない。
いつでもではないけれど、自分のツアーがやっぱり最高で最強。わはは。自信満々。自己満の領域。過剰でない自信は大事だと思っている。
ツアーに出るときに一ガイドとしてツアーだけに集中し、ナイスな空間をつくり出せるようになってきたのも、冬から一緒にいるお店番長・冬樹くんがぼくの店への思いや暑苦しいこだわりまでを理解し、守ってくれている信頼・安心感があってこそ。
サラリーマンにとって、夜中、遠くに見える自宅の灯りがいかに大切であることか。
感謝。
0 件のコメント:
コメントを投稿