脱カヌーガイド日。
ゆっくり起きて、けだるさに身を任せて、そのまま活字の海へ。片手間の燃料補給は、ぽたぽたやき、すっぱむーちょ、コーヒー。
気付けば真っ暗。
今日潜った海。
「零戦燃ゆ1」柳田邦男、文春文庫。
1は、開戦からミッドウェー前夜まで。
「零式戦闘機」吉村昭、新潮文庫。
柳田さんのは全六巻からなるのだが、とりあえず試しに一冊購入。興味深すぎたので全巻ぽちっと。
どうして貧しき日本は、産業大国アメリカに、勝てもしない戦争へ突入したのか。
「司馬遼太郎が指摘するように、日清、日露の戦争に勝利してしまったために、日本はリアリズムを失っていった。リアリズムに裏打ちされない膨張主義、冒険主義が台頭していった。」
(「日本の独立」植草一秀)
今日読んだ本によれば、
日本は戦争を仕掛けたというか、誘導された、という表現がどうやら適切だね。
これはネットからだけれど、
当時、アメリカは「戦争反対」世論が多数。自国に大きな被害が出ないと大義名分が立たず、戦争に参戦することができなかったとか。
ん?9.11と同じ縮図?
いつの時代も、支配層はイカレぽんち。命を軽んじ犠牲となるのは一般市民、というのが世の常なのだろうか。
派手な爆撃はないけれど、今も放射線、降り続いているよ。人体実験はいつまでも続く。
戦時中は疎開させた子供らも避難させずに留まらせ、今も狂気の沙汰。
戦後、68年。
「零戦」の妙な魅力が、繰り返すべきではない歴史の意味を僕に教えてくれているのだ。
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