2013年2月6日水曜日

香川8〜何で?

くもり。体感気温、6〜8℃。

【やったこと】
リーフレタス、サニーレタスの出荷作業。
ネギむき。
ネギ収穫。

その後、東京から三日間来ていた子の見送りも兼ねて?みんなでうどん屋へ。

帰り、ちょうど農家さんと二人に。
カヌーの話をしていたら、お金のことを聞かれた。

『お金云々がどうのというか、とにかくやりがいだらけの仕事です。』と答えた。

サラリーマンを何年か経験してから、農業の道を行く代表に聞いた。

僕『何で農業なんすか?やりがいですか?』

「当たり前やろ。他に何がある。年によっては、稼げないときもあるけど、全然気にしない。そういうときもある。同い年で700万稼ぐヤツもいるけど、俺のがむちゃくちゃ幸せや。‥金がなくても使わなあかんで。世の中を回さないけんからな。‥」

『そうですか、やりがいだらけって本当に幸せなことなんすね』

「そうや!‥」



話は変わって‥
各地から人が集まるカオスな職場にあって、僕は今、東京を見直し始めている。

東京弁の美しさ。洒落っぽい小綺麗な響きは僕の耳にすんなり馴染む。

何より、東京の懐の深さ。この街はどんな人間をも許容する。どんな人間も。
人と人との距離の取り方、バランス感覚が絶妙で、やりすぎず、やらなすぎず。打てば響く。

居心地のよさは、距離感が一致するかどうかによるところが大きい。


地方に生まれたマイノリティたちの気持ちが初めて分かった気がする。

東京は、よそ者、はぐれ者の街。
散々寒い思いをした人たちが、最後の力を振り絞って、ぬくもりを求めて向かう街。
きっと、彼らはただ、人として扱われたいだけ。人を愛したいだけ。
東京の人たちの多くは、かつてのはぐれ者だから、気持ちが痛いくらいに分かるんだ。昔の自分がやって欲しかったように、そっと寄り添うことができるんだ。


地方のカスが、東京ではいっとう輝く。

多くの命をつなぎとめる救済都市、東京。


僕は東京が好きだ。

2013年2月5日火曜日

香川7〜外作業尽くし

洞爺の福島さんに教わったウイスキーのお湯割りが僕にはちょうど良い。安かったのでブラックニッカ。


明日から雨か?雪か?
なので、終日外作業。

10℃(体感)を切る時間がいつもより長く、風が冷たかった。
長靴が地味に染みてきているのは気のせいではないようだ。おいおい「プロノ」(北海道の洒落オツ作業着屋さん)やい。

【やったこと】
リーフレタス収穫二時間弱。
タマネギ苗植え。10時半〜18時(昼休憩1h内で郵便局へ)


同じ作業をひたすらこなす。ひたすらキツい。身体もだが、それより精神的に応える。農作業は心身共にタフでないといけないようだ。

お百姓さんは、ひとつひとつに祈りながらつくってはいない。少なくとも僕は祈っていないし、誰がこれを食べるのかとかいったことにもサッパリ関心がなくなった。

香川2で悶えたのと同じ作業だが、たった五日後、sensitiveな僕はもう消えた。移り気な自分を責めるより、備わっている適応能力を誉めることとする。

目の前の仕事を淡々とこなす。
それは、良いことでも悪いことでも何でもない。

どんな業種だろうと、
仕事、生業というのは、日常だ。
いちいち感じていたら持たない。
‥人間って、不完全ながら、うまいことできているんだなあ。


昨日のタイトルに書いた新人さんは三日間滞在。

どんな人にも優しく教える現場リーダー(インドネシアの陽気な22歳)。
教えるのは大変だ。根気がいる。
教えてもらったことを無駄にしてはいけないと、改めて思った。感謝の念とともに。

小説家と今宵はジブリやら宗教話。

2013年2月4日月曜日

香川6〜新人さんいらっしゃーい

今日は雨が降ったりやんだり。

香川は雨が少ないので、水不足に備えてため池が至るところに点在している。(雲辺寺ロープウェイ情報)

【やったこと】
ネギ収穫、サニーレタス収穫、サニーレタスの根掘り、ネギむき、ネギ収穫。

初めての作業もなく、初回に比べ、だいぶ作業スピードが上がった。

何キロあるか分からない道を歩くのと、
何キロで着くか分かっているのとでは、
消耗するエネルギー量が違う。


ふと、新谷暁生さんの言葉を思い出した。(ニュアンス↓)

「いちばんの道具は身体。道具は使うものだ。そして、使えば壊れる。」


道具の性能は決して良くはないが、扱い方は心得ているから、最大限引き出すことができる。

2013年2月3日日曜日

香川5〜四国霊場第六十六番札所「雲辺寺」と「豊稔池」

自転車馬鹿の誕生日。おめでとう!

毎週日曜日はみんなお休みということで。

とりあえず、未来の小説家と自転車で近くのスーパー「マルナカ」へ買い出しに出た。
食が荒むと心が荒れる。一週間分をまとめ買い。3000円しないくらい。

物価は特に安くはないようだ。

帰りがてら、大野原萩の丘公園へ。瀬戸内海を一望できるポイントでテンションが上がる。初日に港から確認した伊吹島も見えた。

僕らのいるところは平坦な盆地であることがよく分かる。

ここは萩原寺(四国別格二十霊場第十六番)にもつながっていた。

天気が良いので、そのまま、雲辺寺へ行くことに。
時折気合いの奇声を発しながら、延々続く坂道をママチャリ漕ぐこと約一時間。
斜面にはみかん畑。青森はりんごだらけだったが、ここいらはみかん大国で、あたたかい土地にいることを実感する。

未来の小説家は、田舎的風景にめちゃくちゃ感銘を受けているようで、
変ぴなところをひた進み、擦れてしまった僕にはなんだかとっても微笑ましかった。羨ましかった。僕が感じないところで、彼は感じる。
経験を積むことで失われるものがある。
年をとるのは一向に構わないが、心が簡単に振れなくなっていくのは、困ったもんだ。

寄り道をしながら、ようやく雲辺寺へ向かうロープウェイ乗り場に着いた。
往復二千円に尻込みしつつ、ここまで来たのだからえいやと乗りこんだ。

山頂には「スノーパーク雲辺寺」というスキー場もあるようだ。

四国の霊場の中では一番の高さ。標高927メートル。

ロープウェイが通っていなければ、雰囲気は全く違ったろうな。

雲辺寺山は、香川と徳島の県境にある。国境気分で、得意げに跨いでみた。

戻りは違う道を雄叫びを上げて気持ち良く下っていく。
途中、左手に「豊稔池」という誘惑が。
ほいほいつられてまたしても、サケのようにひいこらと漕ぎあがる。
小説家も、ニタニタ寄り道野郎なのだった。

豊稔池は、まるで、マチュピチュ。まるで、ラピュタ。僕らの中の子どもがはしゃぐ。
かつての栄光。プライドの隙間に孤独。
月刊誌「まちゅ★ぴちゅ」を制作後に、こうなるとは。そろそろ、お許しが出たのかもしれない。

あとで調べたら、ここの雰囲気ありまくりダムは「日本最古の石積式アーチダム」とのこと。
普通の観光が好きならオススメはしないが、そうでない方には一見の価値あり。

2008年冬に旅立つつもりで買ったツーリングマップル中国・四国編。四年後日の目を浴びるなんて、誰が予想しただろう。
僕はこの地域のことを何も知らないで、ここにいる。当たり障りない付加情報はいらない。僕は僕の地図をつくるのだ。

生活と旅のあいのこ的暮らし。
ここが四国なのか、香川なのか、観音寺なのか、そういった認識は特別ないし、僕にはそんなもの必要もなくて。
掴まずに、まっさらな目で、ただ、ありのままを見る。それでいいと思う。
本当に、普通な、イメージ通りの日本の田舎と、地方の人。

ただ、何の縁でか、たまたま、僕の拠点は今ここにあるのです。

香川4〜四日ぶりの文明

やったこと
1リーフレタス出荷用箱詰め。サイズやら整形やら。
2ネギの出荷用箱詰め。
3苗を入れていた箱やらの用具洗い


いちいち、手間がかかっている。時間も人手も必要だし、天気ありき、身体にもきつい。

カヌーガイド業時より腰に負荷がかかる。
長くやると、腰やら膝がダメになる。


農業は、「仕事」にするべきではないんだろう。
農業は、みんながそれぞれに自分たちの分をつくるべきだったんだろう。

いつから農業という仕事が生まれたのかな。

みんなの分をつくる農家は、ただただ、大変だ。
それでお金を得るわけだが。

疲れに香川初ビールが混じり合い、書きながら寝てしまっていたようだ。

こちらは、毎週日曜日が休みとのこと。


買い出し、周辺リサーチ、カメラ、「まちゅ★ぴちゅ」発送、手紙、睡眠‥
時間がないなあ。

2013年2月1日金曜日

香川3〜隣人がやってきた

やったこと。
サニーレタスの苗植え。
ネギ収穫。サニーレタス、リーフレタスの収穫、出荷準備。

途中で雨。
睡眠不足もあり、疲れた。
格段に会話のやりとりが増えた。みんなが、僕の存在に馴れてきた。
僕がいくら人見知りをしなくても、人はよそ者を警戒する。
こちらは、妙なことをせずに、ゆっくりと待っていればいいだけのことらしい。


数日前の永松さん、昨日の北国の極悪オヤジさん、コメントありがとうございます!

極悪オヤジさんには、星野道夫さんを引用して、コメント返しとします。

「人の心は、深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。きっと、その浅さで、人は生きてゆけるのでしょう。」

『旅をする木』

昨日の僕は深すぎました。今日は軽いです。まるで別人です。


今夜は雨の音を聞きながら、小説家志望の隣人との会話を楽しみました。
会ったばかりですべてを晒す変人に驚いていました。

そうか、ここ数日の僕に足りていなかったのは"会話"だったのだ。
僕は書くことが好きだけれど、喋るのも負けないくらい好きなことを実感。
どちらもひとりではできないのが良い。

彼には作業初日を前に、いらん話ばかりしてしまいましたが(ちと反省)、いちばんおかしいのはこの僕だから‥何の参考にもならないだろう。

香川2

写真は夕飯。久々自炊生活。米は提供してもらいました。
ウインナータマネギコンソメ丼と納豆と味噌汁。塩を身体が欲し始めた。

朝、7時半集合。
タマネギの苗を、ひたすら植えた。
植える前に小難しい名前の薬品に漬けた。
殺虫剤的雰囲気。
見てはいけないものを見てしまった気分。その苗をこの手で植えた。温暖な気候、外作業。気持ち良いはずなのに、気持ち良くない。
三、四ヶ月?後、そのタマネギはお店やら農協へ出荷され、誰かの食卓に上がる。食は生きること。
薬品漬けの食物を栄養にしてきたから、平和より金、気持ちより効率、人より自分、そんな世の中になったのだろうか。‥


顔をしかめずにはいられない、この背徳感はなんだろう。僕は考えすぎたろうか。


考えるな、目の前の作業をこなせ。

‥Don't think feel。

そう思えば思うほど、坂口恭平的「思考都市」がどんどん広がっていく。

考えるな。
こだわるにはこの世界のことを知らなすぎる。


オレはこだわりすぎだとあの子にもあいつにも言われているぞ。

大多数の農業はこうだ。

‥Don't think feel。

こだわりより、目先のお金を優先したのは他でもない自分だ。

‥Don't think feel。

単純作業は集中力、忍耐力、腰。


みんな早い。僕の要領が悪いのか、経験の差か。多分後者。(‥だと信じている)

何を考えながら苗を植えているのか、ひとりに聞いたら、「何だろう。何も(笑)」と返された。

‥Don't think feel。

後半は、サニーレタスとリーフレタスを収穫して配達用梱包。

「何で農業やってるの?」と別のひとりに聞いてみた。
「何でだろう」と言われた。

‥Don't think feel。

ここでは、考えない方がいいのだろうかと、僕は考える。
例えそうだとしても、僕は考えずにはいられないと、いつまでも考えていた。

農業とは何なのか、分からないことはその道のプロに聞くのが手っ取り早い。
が、根源的な問いはここではひどく見当違いに思える。質問をする隙もない。

【かのあ】では、カヌーとは何なのか、いつもいつでも根っこの話をしていたけれどなあ。

この制度、雇い主の農家側にとっての僕らは「低賃金の体力だけはある若い労働力」でそれ以上でも以下でもないのか?そりゃそうか?
お金以外を期待しているこっちが調子良い?



外に行くと、内がよく分かる。

僕は昔からずっと自分のことをいつもいつでもすごいと思ってきたけれど、
本当にすごいのは僕自身ではなく、
普通ではないこの僕を受け入れて、活かして、自由に遊ばせてくれるまわりの人こそが、いちばんすごいということに気が付いた。
今日いちばんの収穫じゃないか。

僕と関わるみなさまの懐の深さったら、尋常ではないです。

自身を定規にする(ならざるを得ない?)要素を備える人間の唯一?最大の特権は、人の見極めが単純明快であること。どんな対応をするかで、その人が本物かどうかが分かる。定規には目があるんだ。盛った目、即ち「目盛り」が、ね。
‥決まった。


空き時間には、農家の代表からの値踏みジャブが続いている。
誰も彼も掌握したいのかな?
彼の目に映る僕は、異世界の宇宙人さながら、かもしれない。

なんというか、「わかっていることは、わからないということだけ。」だ。