2019年4月13日土曜日

楽園


午前中、ベタ凪。鏡の湖面。今春ぼくは初。

良いときに漕ぐ。

新人、きんちゃん(けんちゃん?かねごん?)と荒らすの忍びないねえと思いつつ。

この景色に溶けこみながら死ぬなら本望だなあ。

写真は良いのたくさんありすぎてまた今度。嘘のような本当の景色。現実が、日々が何より美しい。幸せでしかない。

どたばたあれこれうごめいている。縫い合わせていく、春。

2019年4月6日土曜日

強そうな外観と弱そうな店主


ペンネンノルデ絶賛工事中。
目立たないのか目立つのか、営業中なのか休業中なのか、求められているのはお菓子なのか、可笑しさなのか。
何が何だかよくわからないなりに春。

あっという間にGWがきて、夏が来てしまうその前に。
新しい風に吹かれるのも良い。
面白いもの探してきます。



2019年4月5日金曜日

コーヒーの迷宮


雪のような雨、一番濡れるやつ。


生豆。
これがどうして茶色く膨らむと思うだろう。

新しい味を探している。

焙煎なのか、挽き方なのか、淹れ方なのか‥

一杯のコーヒーが口に入るまでには気の遠くなるような時間や労力、センスや感性が光っていて、
「美味しい」はそれらのチームプレイ的成果なのだろう、と。

箱根駅伝よろしくタスキをつながねば。


2019年4月4日木曜日

春だもの


北上したり東へ向かったり、南下の途中だったり。

春。移動の季節。




2019年4月3日水曜日

出稼ぎ卓球ドライブ


マフィン筋トレーニングも兼ねた休日。

冬の遊びも夏の遊びも始まるこの時期は気忙しい。
今年は、冬の終わりに好奇心の炎を燃やしてくれた「雪板」をつくり、念願の「テレマークスキー」道具を整えたから余計に白い季節を延長したい気持ちが強い。
夏の仲間たちは雪より氷に夢中なので、冬の遊び仲間絶賛募集中です。


photo by Take 
across the river

流れの中でカヌーが美しく見える所作ふるまいは保ちたい。シンプルな道具は美しくあってほしい。
これはエゴ。
コーヒーはおいしくあってほしい。
あれもエゴ。これもエゴ。
エゴの塊。欲張りでしかないがぼくは詩人ではないから仕方ないか。

冬の面白さは年々増していて、もうずっと雪でいいじゃない、とも思う。冬は他の季節と趣が異なりすぎて、なんせ美しい。

抱かれるなら冬が良い。春と正月は苦手で、秋は大好き。夏は稼ぐ季節。

ひっそり隠れ家みたいな温泉にはイケてるおばあとイケてるお湯。
後継者がいてくれたら良いのだけど。
稼いだらお湯。また稼いだらお湯。継続は力なり。







2019年4月2日火曜日

千歳川練習


サケ稚魚うじゃうじゃ千歳川。


美しい水の中。
これだけのために生きているような。ぼくのカメラではサケ稚魚捉えられず。


思考はすれど理論派とは嘘でもいえないオノマトペガイドの話を理論派野球青年はどう咀嚼したのか。

ひとまず第一関門クリア。いえーい。

できることが増えていくって知的生物としては楽しいはず。

2019年4月1日月曜日

活字の海編『とりとめなく庭が』詩人だから仕方ない


三角みづ紀さんのエッセイ『とりとめなく庭が』を読んだ。



どうやら【詩人】という肩書は
「厳密には生き方であって職業ではないのだろう。」
と。
「生き方であるから生きているだけで詩を書いているのが詩人という存在。」

【カヌーガイド】というのも答えがない、正解のない肩書であり、つまり、生き方であって職業ではないのだろう。
職業ガイドになったら終わりだって大センパイも言っていた。


そして、ものすごいものに出会ったときには‥
「歓声をあげるでもなく、興奮するでもなく、ただひたすらに風景を受けとめる。」
「自分はつまらない人間だなあと思うも、詩人だから仕方ない」


ぼくは詩人ではないが、
やはり、すごいものに出会ったとき、その場で咀嚼できない。
詩人ではないから、仕方ない理由がないのだが仕方ない。