2014年4月21日月曜日

第二回 苔の洞門研究会 公開研究発表会@支笏湖ビジターセンター

HP→苔の洞門

昨日、支笏湖ビジターセンターにて、普段はあまり使われない領域の脳みそに刺激を与えてもらいました。
専門性が高く、火山や地形に疎いぼくには正直なかなか難しかったのですが、
自分の持つ情報の正誤性を再確認できたり、リサーチをしたい場所も出てきたり‥と有意義な時間となりました。

内容も勿論のこと、こういう場では、アウトプットの仕方‥話し方等、伝える技術についての勉強もでき、一石二鳥。

事実や情報量は同じであるとしたら、それを生かすも殺すも、伝え手の腕次第なわけで。


何のために、誰に、何を伝えたいのか。
技術より何より、そもそもの熱量、思いは自分の中にあるのか。

「話す」というのは、人と人との「コミュニケーション」というのは、
もう少し広い解釈をすると結局のところ、
目の前の人を好きになれるか、であり、それと同時に、相手に自分を好きだと感じさせられるか、だ。
そのために媚びる必要はない。‥時と場合によるのだろうか?

好きな人の音楽は不器用だろうが変な声だろうと、どもろうと何だろうと、
何から何まで耳触りが良いものである。

最低限の技術は必要だけれど、高め続けるべきは技術ではなく純度だ。


わざわざそういった言葉を口に出して説明をすることはせず、
行動や暮らし、生き方からメッセージを滲ませる、あの人たちのように説得力のある人間にぼくもなりたいものです。








2014年4月19日土曜日

2014グリーンシーズン突入


風の強い日が続いていた支笏湖。

「明日どうする?」

「ま、無理せずに」

そんな会話をnaokiさんと繰り返しつつ、例年より一週間早く、ツアーオープンということで。


ツアー前、ビクビクしながら湖を見る。あれ?お、穏やかじゃない?

‥おーいえす!


というわけでシーズン初日を支笏湖も祝ってくれたようです。ありがとう!


2013年は春の東京で友人たちと関わる中で感じさせてもらえた極上の時間「やさしくてあったかい、へいわな時間」を支笏湖上でも再現するのだ!」と息巻いていた。
それも自分だけでつくることも狙うのも違うということに程なく気付いてやめたのだけれど。

今年のぼくは、いい感じに肩の力が抜けている気がした。
暮らしと仕事が近くなってきた気がして、そのおかげか去年のツアー初日にはなかった落ち着きがあるような。

自然の中で、より、自然になっていく。


自分の中にあるイメージを湖上に描ける日は来るだろうか。

ホストとビジターという枠を一瞬でトリップできるだろうか。



改めて思う、カヌーガイド、クリエイティブな仕事です。

2014年4月18日金曜日

春の風物詩

春の訪れを告げるのは、山菜だけではありません。
年に二回、季節の変わり目は、風邪をひく間もなく、タイヤ交換。

さらばスタッドレス、ようこそ夏タイヤ。
さらばスタッドレス、ようこそ夏タイヤ。
さら‥

皆さまのおかげさまで車が増えた【かのあ】。
ということはつまり、タイヤ交換の頻度も増します。

さ、さらば‥

終わらない「グッドバイ」。太宰治さんも生きがいを見い出したことだろう。


そういえば先日ある方に久しぶりに会ったとき、開口一番に

「もうそんな季節になったのか~。」

なんてことを言われまして。

私自身を春の季語として登録申請でもしちゃろうかなんて妙案を思い浮かべつつ、

『どーもどーも、いやね、なんと今年は冬もいたんですよ。』

「え~?!ずっといたの?どういう風の吹き回しよ?(‥以下略)」

なんて、のどかな会話で笑い合いつつ、いそいそとあれこれ準備。


分かる人は「あっ!」と唸ってくれるはずの先日の成果。


2014年4月17日木曜日

ポロピナイのソフトクリーム

夏の風物詩を芽吹きの春に、とある湖畔でいただいた。



ここのソフトクリームは美味しい。
昨今のソフトクリーム業界は、生クリーム入れりゃいいだろう的風潮にある気がするのだけれど、ぼくは騙されない。誤魔化されない。

荒めの粒子、コーンは勿論ワッフル。
目の前にはフップシ岳。


‥う、うまいっしょ!




2014年4月15日火曜日

きれいな「水」はどこにある


昨日の午前中とはうって変わって風の強い支笏であった。
【かのあ】は今週19日からツアーが始まるわけで、土日だけでもいいから優しくしてねと支笏嬢におねだりしつつ、ちまちまと作業。
寒すぎてちょいと【美里】にてコーヒー&期間限定ガトーショコラであったまる。

元氷濤まつり会場である第五駐車場(ツアースタートメイン会場)の氷たちも順調に溶けてきています。


★★★★★★★

女の人が泣いていた。どうやらそれは悲しいのではなく嬉しすぎてどうしようもなくて、泣いているようで。

その方は「ありがとう」を伝えきれずに泣いているようで、
その感謝の気持ちをぼくに伝えようと、しゃくりあげながらどうしたものかと泣いていた。

声を掛けるでもなく、動揺するでもなく、ただただぼくは普通にしていたらきれいであろう女の人の崩れきった泣き顔を見守っていた。

こういうときは黙っているに限る。

彼女は少し落ち着きを取り戻したところで、ぼくに聞いた。


「どこでそんなあたたかいホスピタリティの仕方を学んだのですか?そんなこと今まで生きてきてされたことがありません。あたし、嬉しくって‥」

はて、ぼくはどのような手法でもって、美しい女性を泣かせるほどに喜ばせたのだろうか。



まあ、「こんな夢を見た」。

‥とは、芥川龍之介か。


何とはなしに、ガイドとして、まだ足を踏み入れたことのない世界があることを暗示されたような気がした。
あれこれ無駄な事ばかり考えてあちこちで事件を起こしては、心の内では密かに「ネタが増えた」と喜んでいる自分に染みついている芸人気質にほとほと呆れている暇があったら精進しなさいよと言われたような気がするようなしないような。



夢の中の「ぼく」がどんな素敵なホスピタリティでもって彼女を魅了したのかは全くもって分からないけれど、
きっとお気に入りのコーヒーを鼻歌交じりに淹れたことはほぼ間違いないだろう。



生きているといろいろある。ぼくもいろいろと悩みが尽きない。
どうしたらいいのか分からないことだらけだ。
それでも、だからこそ。

ぼくと一緒にコーヒーでもどうですか。
コーヒーなんか飲んだって何にも変わらない。カヌーを漕いだって、美しい水色に感動したって、そんなことは人生の内のほんの一瞬の夢みたいなものだ。

それでも、だからこそ。
たった一瞬でも、喜びを、笑顔を、あなたと。

たった一杯のコーヒーから紡がれる物語の力をぼくは信じたい。


カヌーもコーヒーも、あなたにもぼくにも、水が必要なんだ。

この地球が美しいのも、水のおかげ。











2014年4月14日月曜日

浮気心と春の空 千歳川・洞爺湖・支笏湖

駆け抜けた冬。そのあとに待ち構えていたのは、おじいさんのように呑気な暮らし。
北極から一瞬で沖縄へテレポートさせられたかのような気分。頭も身体も変化に順応しきれなかった。

呑気な暮らしはある意味では冬より断然過酷で、自己というとてつもなく、しかも変てこ極まりない宇宙をあてもなくさまようのは苦行と言っても大げさではないような気がする。


考えすぎてワケが分からなくなる度、ぼくは千歳川を漂った。
川の上はいつでも風が通っていて、涼やかな風は川の上でぼんやりと浮かぶぼくのパンクしそうな心にも風穴をあけてくれた。


漕いだからといって何か煩い事が具体的に解決するでもないけれど、「まあ、何でもいっか」と思わせてくれる慰め河川、ああ、千歳川。君なしでは。



またあるときは。
夜のうちに移動して今度は、お隣の湖・洞爺湖。


早朝だけ、しっかりと凪いでくれました。
洞爺は、あたたかい。気温や水温だけでなく、あらゆる意味であたたかい。



先日本州へ旅立ったご家族の大好きなお店からは羊蹄山がバッチリ。


本日は支笏湖へ。
支笏は嫉妬深い。浮気するとすぐ怒る。
でも、春の嵐を吹かせたぼくを慰めるように今日の君は完璧なる美しさでやさしくぼくを包んでくれた。


「水量が少ない」ということは、いつもと違う顔が見られるということで。



新緑の頃に行けるだろうか、恵庭岳。



シカの目撃が多くなっています。ぼくだけ?
千歳~支笏湖間を走る際は皆さまお気を付け下さいね。

2014年4月12日土曜日

ずきゅんわーず 宮沢賢治

あるブログにて素敵な言葉を拾った。

ハロー、今君に素晴らしい世界が見えますか?】より。


職業芸術家は一度亡びねばならぬ
誰人もみな芸術家たる感受をなせ
個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
然もめいめいそのときどきの芸術家である

”農民芸術概論綱要” 宮沢賢治