2017年8月30日水曜日

朝カヌーから始まる一日はやけに長い

朝6:00~7:30。
‥といえば、朝カヌー。
本日朝。気温、10℃。九月終わりの気温だとか。素足にサンダル。季節外れ感ありあり。


鳥よりも早起き。
太陽の出足が鈍ってきた。


誰もいない水の上で飲む「本気のコーヒー」がマズくなるはずがないのだよ。淹れ方も気持ちも大事だけれど、この場合はロケーションが一番重要だよね。

「水陸両用」という言葉がぼくは好きだ。陸でも水でも通用するコーヒー、カッコ良すぎ。どちらでも稼げるのは楽しい嬉しい。


お腹がすいたら帰ろう。朝カヌー。それは、朝ごはんをおいしくするとっておきの時間。

朝カヌー後、ツアー前のガイドを捕まえてもう一漕ぎ。


二夏目の終わりまであと一日。ドタバタの夏、こういう時間がぼくらの手元にようやっと帰ってきた。


休日ともなれば、一服。ああ、一服する時間も長いこと確保できなかったことに一服して初めて気が付いた。色々あったなあ、思ったなあ。何でも口にするのが正解ではないことも幸か不幸か学んだような気もする夏。何とも難解ポジションだこと。

好きなことしよう。好きなことだけしよう。それが何より自分のため。
自分のためが一番まわりのためにもなることをぼくは知っている。
我儘なまま、思うがまま、面倒臭いまま、言いたいことはやっぱり言うし、口だけでなく、やることはやって、ぼくはぼくをだけ究めるために日々を費やそう。

2017年8月29日火曜日

対応策のないミサイルと誉められる喜びと人間臭さ

ミサイルが降る。
ミサイルより眠気が勝った朝。とにかく、ぼくは、ぼくを続ける。


絵になる美男美女SotoCafe。

本日、能あるガイドはパドル隠してコーヒー淹れる、ということで店番day。
久しぶりだと絡まれるのも楽しい。

客「(「本気のコーヒー」というコーヒーメニューについて)本気ってどうゆうこと?」
ぼく『‥(絶妙な間合いを取ってから頷きつつ)ええ、まあ、‥本気で淹れてるんです(大真面目な顔でドリップする身振りも交えて少し小声で)』
客「(大真面目な顔で眉間にしわを寄せつつ)え?」

「自家製大人のジンジャエール?大人ってのは?」

ひとしきり小芝居をうったら、飲み物をようやっと提供する。

コーヒーもジンジャエールもとてもおいしかったようで、
飲み終わってから
客「ジンジャエールってどうやってつくるの?変な刺激が全くなくてやさしくってすごくおいしかった!こっそり教えてよ」
ぼく『(馬鹿じゃないので重要工程は秘密)かくかくしかじか‥ですよ~』

出先でおいしいものに出会えたとき、すごく嬉しい。ぼくは何でもおいしいとは思わないから「おいしい」は一つの奇跡。
仕事で誰かを「おいしい」に出会わせられたとき、ぼくはとってもとっても嬉しい。広末涼子。奇跡を提供できたということだから。
ぼくの「おいしい」と誰かの「おいしい」が重なりあったときの喜びは、カヌーで支笏湖を漕いでいるときにお客さんと共有する「美しい」と似ている、というか同じ。
同じものに同じような反応が起きたときの一体感はセックスに似ている。
共犯者、のような一種独特の秘密結社風連帯感が生まれるのだよなあ。生モノは良い。

自分のつくったものが誰かを幸せにする。得も言われぬ喜びたるや。
飲み物も湖も、店でもカヌーでも、水はいつもぼくに生きがいを与え、寄り添い、見守ってくれて、こともあろうか暮らすためのお金は勿論のこと、美しい人まで連れてきてくれた。なんて幸運だろう。

何を食べたらよいか迷えるお客さんに千歳一のラーメン屋を教えたら、「今まで食べたことのないおいしさだった」と報告してくれたりとか、
店には店の物語が水の上とは別次元に毎日生まれているのだよなあ。どちらの物語も興味深い。

何を考えているのか。どう思っているのか。ぼくが知りたいのは、その人の心根。その人の言葉。その人の本音だけ。
ぼくが築きたいのは、本当の信頼関係だけ。それ以外の上っ面だけの間柄はいらない。
仕事とか、立場とかは関係ない。全部、一緒。
分かりあうことは一方通行では不可能。
恋愛関係ではないけれど、どんな人間関係を構築するにも必要不可欠なのは、好意。好奇心。
利害関係‥身体の関係がないほどに、好意の有無が重要。らぶあんどぴーす。
つまり、ミサイルを止めるのは圧力強化ではなく、愛なんだ。V6。アメリカさんは世界をどうしたいんだろう。

2017年8月28日月曜日

多分最後と思われるファミリーカヌー三回転

アウェイ感に打ちひしがれる必要はない。
必殺技で一気にアウェイをホーム化する。ファミリーカヌー伝統芸の一端に触れた午後イチ。最初から掴みにいこうとするといけない。


良い女、良い水。
水臭いなあ。Happy Birthday!

今年の夏は始まりが早かった。毎年毎年、色々ありすぎたなあ。
あと三日。
のらりくらりといきまっせ。

2017年8月27日日曜日

ガールズSotoCafeと行き着くところまでたどり着いたファミリーカヌー

常連さんの存在。
これほど、励みになることはない。
美しいと自分が信じるものを肯定されて嬉しくないはずがない。
好きだと100回言われるより、何にも言わずに会いに来てほしい。
顔を合わせること。これより贅沢なことはなく、そこからしか物語は生まれない。


photo by ほーりー。改め、心の友。わはは。こちらも先日の常連さん。というか、もはや身内をご案内の図。

大人数×夏=ドタバタ=ファミリーカヌー。この方程式をさらりと覆す隊長。
特別なことは何もしない。しかし、何だろう。目撃したツアーはすべてがすごかった。いや、まだ終わってはいない。確か2012年からファミリーカヌーは始まった。六年目。凄みも出るか。見れば見るほど、不思議。

人のツアーを見ることが多い。ガイド次第でフィールドの印象がガラリと変わることを強く感じる。
一人のとき、二人とのとき、誰と誰のとき。空間づくりは生ものだから色んな人の間にあるものが明らかになる。なってしまう。オモシロイ。
一番ガイドとして引き気味ポジションのぼくは、オラオラするにはやはり今年もエネルギー不足。
すごいツアー、良いツアー(完全なる主観による)はすごいと素直に伝えるようにしている。
ツアーが終われば残らない、分かりにくい価値だったり、判断基準。共有した人がいれば、ツアーが終わっても記憶として鮮明に残る。

良いものは良い。似合わないものを似合うとは嘘でも言わない。一瞬のその場を取り繕うための労力はいらない。
思っていることだけを口にする。誰がどうでも関係なく、ぼくは自分自身に誠実であれればそれで良いだけのエゴイストだ。
好きなことだけ、好きなものだけ、好きな人だけに全エネルギーを費やした末に空っぽになって息絶えれば最高の人生。

2017年8月26日土曜日

良いツアーと自覚

昨日から吹き始めた秋の風。
昼間は地獄のような大雨、強風、雷。夢のような一瞬が過ぎ去れば、なんて素晴らしい時間。


カヌーを漕ぐために。‥のさらに先の世界。
午前も午後も素晴らしいコンディション、気持ちの良いゲスト。
漕がないカヌー、内なる宇宙・自己とつながる時間。「魔法使い」、かあ。

集合体について去年ほど頭を抱えてはいないけれど、それは型が出来上がりつつある「成熟」では決してなく。むしろ去年よりちぐはぐかもしれないし、しかし、ちぐはぐこそが自然体で、溶け合わない面白みもあるような。
系統は全く違うけれど、いつかの自分を見ている気にもさせられる。

「感謝」の念が発生したのは、ぼくの場合は店だ。店がなければクソガキのまま旅立っただろう。
店を回そうとしてみて、回してみて初めて分かったことが沢山ある。そこには感謝しかなかった。
同じ土俵に立たないことには分かるはずのないことが世の中にはある。
10代のとき、20代なんて同じようなもんだろと馬鹿にしていたけれど、20代になったら10代なんて鼻くそ以下だったわけで。しかし、それは若さ故。若さで許されることは多い。ぼくはそろそろ三十になる。ただの馬鹿では許されない。ガッテンさんは「若いうちはまわりにうんと迷惑をかけろ」と言っていた。かけたくなくてもかけまくっていると思いながら聞いていたけれど、迷惑をかけまくったおかげで感謝の念も生まれまくるというわけだ。

感謝、尊敬。
毎日が当たり前に回ることが当たり前ではないことを肝に銘じ、己の能力を提供することで成長していく。
役割がめぐれば、人は変わる。期待せずに期待すること。これはなかなかどうして難しい。

2017年8月25日金曜日

9月20日(水)は「メイミーズ×ミナミナ市」


今日の風は秋だった。
夏の終わりを指折り数えているよ。


九月の新月。恵庭のカフェ・メイミーズ(庭が広いらしい)にてイベントあり。
鵡川のオーガニックピザ(うまい!)やら支笏湖のマフィン屋ペンネンノルデさん(うまい!)やら、kiyocafeさんやら。
美味しいものと雑貨もあるそうです。

2017年8月24日木曜日

雨のSotoCafe

朝から雨。
以下、ぼくのSotoCafe感。

親しい友人を水の上に連れ出すような。
とっておきをこっそりと。
ファミリーカヌー用スイッチは必要だけれど、SotoCafeスイッチは特にいらない。
ガイドが自分らしさを矯正せずに思い思いに行う自由なツアー。


SotoCafe。

ツアーというか、カヌーというか。
あくまでカヌーは道具であって、主役ではなく、カヌーに乗ることが目当てでもなくて。
ぼくが主役でもなくて、お客さんが主役ということでもなく、雨が強まったり弱まったり風が吹いたり凪いだり、晴れ間がさしたり、カッパを脱いだり‥
その時間内に起こる天候の変化を一緒に、寄り添いながら味わっていく。
特別なことを何もしない特別。
それが良いとか悪いとかではなく、何というか、淡々と。誇張も卑下もせず、誠実に。
しかしそれを水の上という非日常で行う。

このツアーがなければ、多分、ぼくは今もカヌーガイドではなかったかもしれない。

カヌーだけではなくて、コーヒーだけでもなくて、
慌ただしくもなくて。
目の前の景色を、水を、空間を、人を、16フィートのカヌーで愛するツアー。
より良く生きたい方のために。
何でもないことを、何でもなくない水の上で。