2016年10月31日月曜日

祝いの御馳走

座りながら、足を動かすこともせず、ただ、箸を動かすだけで、非日常へtripできたならそれはなんてなんて素晴らしい経験だろう。


幸せはどこにある?器の上に宇宙があり、調和・平和が感じられる。

「おいしい」って不思議な感覚。生まれ育った環境、積み重ねたちっぽけな歴史が確かな舌を形成する。何を「おいしい」と感じるかは人それぞれで、どれも当人がよければそれでいい。

料理、面白い。

良いものに出会わせようとあちこちに連れて行ってくれた両親に感謝。
ぼくの好奇心の素はあなたたちのおかげでしっかりたっぷり養われています。

素材の味だけではなくて、大事なのはきっと切り取り方であって、間合いだったり順番であって、見せ方であって、佇まいであり、仕草でもあり、人柄も相まって‥それはカヌーツアーに通じる技術でもあって。

何事においてもぼくは無駄をそぎ落としたシンプルなスタイルに強く、強く惹かれる。


Happy Birthday
Happy Valentine
Happy Xmas
Happy New Year
なんでもいいや ふたりでいたい
ただそれだけ
何食べよう
何を見よう
何をしよう
とりあえず出かけよう
君を放しはしないよ

ウルフルズ「ぼくのもの」より

2016年10月30日日曜日

今年最初の白い花

やけに明るい朝。地上に咲き誇る白い花。

ウズウズソワソワわっくわく。
ぼくの越冬歴なんざ薄っぺらいものだが、何度味わっている人にも、最初の雪はどうにも胸が高鳴るものであるらしい。



珍しく風もなさそうだ。けあらし立ち上る冬の朝。
いそいそと漕ぎだす準備。あれ、先客がいた。


そうそうその顔、その笑顔。
難しい顔をして一人で抱え込むより、馬鹿なぼくらは素直に笑い飛ばしてしまうのが最良。
ぼくらはひとりではないし、どうせ敵わないんだから。自然にも、女の人にも。

とにかく「笑えれば」
byウルフルズ。


秋と冬の間に取り残されないよう、ただ、ひたむきに前を見る。見ていたい。


何もかもを肯定していきたい。大切なものを手放さずに。


春から夏、秋、そして冬へ。


誰のことも気にせず、自分のペースで漕ぐ至福の時間。この喜びをまずは感じるところから。
はじまりはいつも、ここから。


すべてはより良いツアーのため。むふふ。

2016年10月29日土曜日

いつもカヌーに積んでいる気持ち

外にいるだけで消耗する季節がやってきた。


それでも、ぼくらは、なるだけ、精一杯、ひたむきに、カヌーを漕いでいる。

それは誰のため?
お客さん?それもある。せっかくなのだから感じさせたい。

かのあのため?それもある。心配をかけまくってきた恩がある。

でも、きっと、誰かのためだけでは漕ぎ続けることはできない。
漕ぐこと。それは誰より何より、ぼくら自身のためなのだろう。
漕ぐことでここまで生かされてきた。

漕ぐこと、暮らすこと。水と陸。夢と暮らし。愛と夢。自立と共有。
相反する二つの世界をカヌーはゆるやかに繋いでくれるのだろう。
動力は技術より何より、覚悟だったり、精神性、誇り。
対自分、対ヒト、対水、対森‥。言葉を介さずともあらゆる[生命]とコミュニケーションを取るための道具として、カヌーより適した乗物をぼくは他に知らない。
年がら年中崇拝しすぎて囚われている「言葉」というツールが無力化する。水の上では「感じる」だけが正解。信仰してやまない神さまが地に落ちるような。そういった敗北、背徳感がまたたまらなく良いのだ。

訳の分からないことはいくらでもある。
それでも、全部ひっくるめても、何がどうであれ、この世界は美しい。この世界は素晴らしいと、ぼくは肯定したい。ぼくを肯定されたい。
生きていて良かった。何よりも気持ち良くさせてくれるカヌーという乗り物にめぐり合えた者の果たすべき役割。
すべてが一極に集まりつつある。ぼくらは幸運だ。

2016年10月28日金曜日

愛する花にしか水はあげられない

愛する花に水を
枯れないようにやさしさを
太陽の下で笑い
正直な心 素直な言葉


モンゴル800「愛する花」より。

ぼくらは神さまではない。愛するときには大なり小なり期待する。愛する花の成長を。逆に期待をかけない愛はない。
それが花のためであり、それがぼくらのためでもあるはずだと信じられないもののために、わざわざ水を汲みに行くことはしない。
育たないものに、価値を分からぬ者に水を無償で提供し続けられるほど、ぼくらはできた人間ではない。
何がというか、真実がどこにどう転がっているのかはどうでもいいとして、ただ、とことん、虚しい。悲しい。
水をくれと花に請われたわけではないけれど。
信頼関係は一日では築けない。地道に積み重ねていくしかない。しかし、壊れるときはいつだって一瞬。壊れるほどのものは成立してもいない、か。
頭を捻り悩み考え続けた日々は何だったのだろうか。徒労。
1000歩退いて、ぼくの心はこの際だから別に良い。
ただ、ぼくの大切な人の心、好意だったり厚意を踏みにじるような行為を見過ごしてはいけないのは確か。

気をつけてはいる。ぼくは過度に人に期待する傾向がある。距離を詰め過ぎる。人を好きになりすぎる。おかげで、反動も大きい。期待しすぎて結果、よく失望している。期待するのも失望するのも、ぼくの勝手。

ぼくら野郎共は愚鈍な分をカバーすべく、ありったけ誠実でないといけない。

何があっても受け入れ、生きねばならぬのだという静かだけれど、圧倒的な母性を持つたぐいまれなる背中をこうして眺めたのは何年ぶりだろう。相変わらずここで会えるのが嬉しい。



2016年10月26日水曜日

はまだくんが今年もやってきた

たったひとりしか友だちを持てないとしたら、ぼくは迷わず、はまだくんを指名する。


良きも悪きもを互いにさらけ出してきた。

上っ面だけで都合よく適当な嘘を重ね誤魔化し笑い合う、そんな薄っぺらい間柄は、仕事上でもプライベートでも勘弁。

純度の高い関係性しかぼくは欲していないし、守る気もない。




2016年10月23日日曜日

友人接待からの湖炎祭2016

湖炎祭当日。
午前、準備部隊とツアー部隊の二部隊編成。
ほーりーとそれぞれにツアーへ。


東京、アースデーから早三年。
「パドルトーク」という言葉が偉く気に入ったご様子。
北海道といえば‥でぼくを思い出し、軽いフットワークでささっと足を運んでくれる友人たちに感謝。

ぼくのガイディングのモチーフは大切な人たちとの時間。


そこから、クローズ後のモラップキャンプ場へドタッと移動。


‥「おおおお!!こ、これはっ!」

現場に着いた途端、なおきさんの気概だったり、みんなの頑張りが見えた気がした。

今のぼくには店を守ることが一番の仕事である。一心同体である。ハウルの動く城である。
日々の業務に追われ、準備に関われなかったおかげで、完全燃焼とはいかないが、いつもより客観的にかのあ初の試みであるキャンプイベントをよりゲスト目線で体感したという意味では非常に興味深い二日間。

できなかったことができるようになってきている。それは個人の話で収まる話ではないこと。
【かのあ】のこれからに、ぼくは期待している。

「ツアーは始まる前から始まっている」
by矢吹全氏


音で遊ぶ夜。左手には「JAMESON」お湯割り。寒い夜はウィスキー。



「何でかのあに?」

それを聞きますか。聞いてくれますか。

暑苦しくならないように簡潔に済ませるのは不可能でしたとさ。



人の評価が欲しくて働いているわけではないけれど、日の当たらない仕事を認められるのは酔っぱらってても嬉しい。


午前。強風のため、ホームリバーへ移動。松澤家はアリー。


どんな仕事をしていようと、カヌーの面白さは共通言語。


2016年10月22日土曜日

湖に抱かれて

(photo by Chika.O)
いつも、ありがとう。もう、一言で言うなら、これしかない。誕生日、おめでとうというか、出会えて嬉しいからやっぱり、ありがとう。

BGMは、ウルフルズ「39」で4649。


心離れや波立ち、ありとあらゆる心の揺れに、いつも誰よりも寄り添って見守り、時に叱り、嫉妬され。
あなたのそばを離れないといけないのではないかと本気で考えたことがないわけではない。しかし、それでも、今、こうしてぼくは変わらずあなたに抱かれ続け、積み重ねてきた事実に満足している。

自分の心を偽り、犠牲にし、くだらない常識やマジョリティの意見を聞き入れて「普通」に馴染もうとしたなら、ぼくは自分を大嫌いになるところだった。
誰だって肯定したい、されたい。してあげたい。
好きなことを否定されることは自尊心や自負心を簡単に奪い去る。それは他のどんな行為よりも罪深いことであり、アイデンティティの侵害はどんなに近しい人、たとえ恋人や家族であっても許されるべき行為ではないはずだ。好きな人の思考・人生を囲いこむことは、大罪だと声を大にして主張したい。本当に好きならば、「解放」っていうか、「開放」に向かえる。誰も誰の所有物ではない、なり得ないということを、愛はそれっぽい言葉でしれっと捻じ曲げる場合が多々あるから厄介だ。それは愛ではない。人は物ではない。対等でなかったら、何様よって話。

誰に何を言われようとも、思われようとも、パドルを手離す気等ぼくには本当のところ、全くなかったのだろう。
好きなものをこの手で掴むことを放棄したなら、他に何を掴めというのか。お金?常識?成功?名誉?肩書?そんなものはどうでもいい。手持無沙汰では手がみじめ、空虚。
物事には二つだけ。気持ち良いか、気持ち良くないか。気持ち良いことだけぼくはしてきた、していってやる。

生きている実感をありありと与えてくれるのは、「好き」だけ。


ぼくも少しは大人になった。夢中でなくとも、許し合える関係になれたと思っている。心離れとはまた違う。もっと良いもの。ぼくは人であり、あなたは湖であり、それはどうしたって変わらない。
あなただけだったぼくの暮らし。それもひとつの幸せ。
好きな湖で悩み、悶えながらも、ただただ浮かび、感じ続けていく日々の中で、ぼくはどんど、大切なことを陸の上でも見つけていけた。探し方を教えてくれたのは、誰でもない湖。

すべては、湖が美しかったおかげ。
ずっと寄り添ってくれた湖のように、守りたい笑顔がすぐそばにある。