2017年1月25日水曜日

ケーキセット、730円

氷濤会場がどういう状況なのかは毎日支笏湖温泉街内にいても足を運ばない限りは分からない。
風の噂やフェイスブックで事情を知る。忙しくなると風の噂は途絶える。

「事件は現場で起きている」とはよく言ったもので、現場を離れると、当事者意識はどうしても薄れる。
寄り添うというのは本当に難しい。三日会わなければ顔を忘れる。

去年初めて氷濤まつりを中(主観)からではなく外(客観)から見ることとなり、
制作内部の熱量と外部との温度差を肌で感じた。
「井の中の蛙」ではないけれど、なんというか、失望感や悔しさだったり、なかなか衝撃的視点を得た。

どちらの捉え方も現実であり、真実であり、
どちらかだけでなくどちらにも手を伸ばすと悩みが増え心がちぎれるというのは、何度も経験してきた。

より良い仕事をしたい。自分を活かし切りたい。冬のすべてを店に注ぎたい。
家も店も、「箱モノ」は人のエネルギーで動く。

‥ある意味、「乗り物」!


支笏湖温泉街もどことなくそわそわしてきた。

「(今年も)来るぞ。」
誰も逃げない。逃げられない。むしろ、迎え撃つ。なさそうであった商人の血が騒ぐ。


最近の掘り出し物、そろばん。

2017年1月24日火曜日

一月最初で最後のナイター


追い込み中の氷濤制作を手伝いたい。中途半端にはしかし、行けない。
ペースを誰にも乱されずに、これから始まるまつり本番に備えたい。
もうそろそろ仕事だけになるから今のうちに遊んでおきたい。


photo by たんたん。「今年もきれいだあッ!」

どれも本当の気持ち。
必死の一言だった去年よりあれこれ見えるものが多い。
身体が足りない。夏より足りないかもしれない。

あれもしたい これもしたい もっとしたい もっともっとしたい
by ブルーハーツ

人と関われば関わるほど、知らなかった自分に出会う。客観的に自己を見つめることは困難だ。
気にかけ合う間柄であればあるほど、簡単なことが難しくなるのはなんだろう。どうでもよくなさすぎるからたった一言が凶器にも御馳走にもなり得る。
真剣勝負であればあるほど、喜びも悲しみも深まる。
深い湖は美しい。日本で二番目に深い湖は世界一美しい。






2017年1月21日土曜日

冬もお外がぼくらを呼んでいる

夏。外にい続けると、いつかそれも当たり前となるのがよきも悪きも人間。

店ができ、夏も冬もoutside率が極端に減り、苦しみや迷い・悶える機会も大いに増したが、涙の数だけ強くなれた気ではいて、
イメージするようなサラリーマン風な仕事をしたことがぼくにはないからフツーな感覚というのが一番よく分からないのだけれど、
おかげで夏のお客さんがカヌーに何を求めてくるのか、本質が初めて掴めてきたような気がする。

室内から見る外はなんて眩いことか。
勿論、店には店の、外とは異なるスリルや刺激、出会いや発見があり、ぼくにはどちらも甲乙つけがたい非常にexcitingな日常である。

とある道東の先人カヌーガイドはこのようなことを言っていた。今はパドルを置き、本州の西で活動している。

「お客さんはみんな、夢を見たがっている。街中の狭っ苦しいビルの一室で、まだ随分先の、原野でカヌーに乗る日を楽しみにしている人がこの世界のどこかにはいて、彼らにとっては我々の存在自体が希望なんだよ。好きなことをして暮らしているという事実が。それをどんなときも忘れずにいたいと思うんだ。」



みんな、自分を解放したがっている。日常から。ほんの一瞬、いつもの荷物を置き去りにしたくて、多分、外へ出る。

どの季節も素晴らしい。どの季節も愛したい。四っつもダイナミックな季節のある国に暮らしているのだから。



2017年1月18日水曜日

そして誰もいなくなった

雪が降らないので滑れない。
道路は夏道。走りやすいのは最高。


(先日、3日程通ってくれたマレーシアからのクレイジーガイズと。自転車にスキー板をつけてニセコへ移動中。自転車を漕ぎ、山に登り、山に泊まり、滑り…)
生活者の視点がないからできることは非常に多く、ぼくにはここはもう旅先ではなくなっているのだなあ、とはたと気が付いた次第である。
しかし、たまにはそういった土地の常識や立場とか全部をぶち壊したい。ねんねさせていた衝動を覚醒させられた、刺激的交遊。Sp thanks.
店を守ることとは真逆のベクトルだけれど、おかげで触れ幅が拡がり、もっと飛べるはずだ。

話は変わり、
千歳市のプールは一般600円。
時間無制限。25mプール。新宿のは時間制限あるけど、400円でいけた気がするから少々お高いかな。

お金を払い、体を消耗させるなんて、まるで都会人みたいだなあ、にんまり。
にしても、水ってどうしてこう気持ち良いのだろう。太古の遺伝子が反応するのだろうか。
しかし、どうして毎回何メートル泳いだかわからなくなってしまうのだろう。
一時間ちょいだから2000は泳いでいない。

しかし、泳ぎ続けた。小学生の頃を思い出す。
しばらく泳がないと自分のペースを掴むまでが長い。ついついオーバーペースになってしまう。
走ることに熱中した頃に学んだトレーニング、LSD。
long slow distance、である。距離でも速さでもなく時間中、続ける。
元々すいてはいたが、ふと我に帰るとぼくのまわりには誰もいなくなっていた。集中しすぎて浮いていたようだ。いつものことだ。

海水浴気分でパタゴニアのパギーズパンツ。

『鶏や』の唐揚げはぼくの好みではなかった。

2017年1月15日日曜日

その土地の当たり前


昨日に続き、チャリダー現る。
-20℃でテント泊、今のぼくにはできないなあ。
世界は広く、ぼくはなんてまともだろう。

2017年1月14日土曜日

音楽の聞き方でその人の性癖が分かるような気がする

寒波のおかげで作業ははかどっているとの氷濤制作。
今夜は、チームまーやんかなあ。

ぼくはマイペースに、何でもないように、毎日シャッターを開ける。


今や、とあるレンタルショップではCD10枚が1000円で借りられる時代。

歌詞カードからジャケット、隅から隅まで舐め尽くしたいぼくは気になる音楽があればCDを買う。
データだけでは足りない。借りたら返すのが億劫だ。
しかし、何の風の吹き回しか、冬になって、二回、某レンタルショップを利用した。

一枚分以下の価格で10枚分聞けるなんてお得ではないか、何で今まで利用しなかったのか、と喜び勇んで店へ向かった。

‥やっぱり、駄目だ。

なんでだろう。
レンタルで借りた音楽は、総じて、大事に聞けない。
ずどんと響かない。薄っぺらい。消耗品、使い捨て。

一瞬の快楽があれば幸せなのか。
否、そんな夜も素敵だが、サスティナブルな愛が人類には必要なのだ。

大事に聞きたい。しつこく聞き倒したい。いろんな顔を見たい。お気に入りはたったひとつで構わない。

「10枚借りた方がいいですよ」、と店員さんにそそのかされるままに、
頑張ってついでに借りたどうでもいいCDデータは手に入れたのに、お目当てのたった一枚だけ、データを取り損ねていたことに返した後に気が付いた。本末転倒とはこのことか。

ぼくはとあるツタヤを使ってはいけない人間なんだと気付いたやいなや、お目当てのCDをちゃんと購入することにした。
最初からそうすれば良かった。身の丈、身の丈。
好きな人に好きだと伝える唯一にして絶好の機会を逃すなんて勿体なさすぎやしないか?


今夏に水出しアイスコーヒーの強力なライバルとなりそうなマル秘メニューに着手しはじめたが、そこでも少々うっかりしてしまった。

ちまたではインフルエンザが流行っているらしい。ハチベエは伝染するのだろうか。

この頃は「ちゃんとしている」役を頂くことが多い。しかし、「世間知らず」という言葉は本来ぼくのためにある。
個人としては、ただのしがない、夢見がちな抜け作である。

しかし、仕事は、抜け作ではいけない。
抜け作もそれなりの抜けない作になれる可能性を孕むカヌーガイドという創造的な職業は素晴らしい。歩みが遅すぎて五年もかかったのはご愛嬌。


2017年1月13日金曜日

-20℃の新事実


今冬の最大の課題は、凍結防止!ダメ。ゼッタイ。
プチ凍結は既に何度かやった。冷や汗ものであった。
手のかかる箱モノが多い。これがスナフキンが恐れていた「所有」の恐怖、か。なんてこった。
居心地の良い場所はあったらあったで手がかかる。
しかし、所有するからこそ得られる特権だってあるわけで、まあ、それに執着しすぎてはいけないのだが、満足できるだけの自由を与えられている代わりに、ぼくが守ってやらなければ。
しかし、ミイラ取りがミイラになっては本末転倒。箱モノに振り回されるようであれば、不相応。
恋の駆け引きみたいだ。やったことないけれど。

-20℃の世界にはあまり馴染みがないが、お月さんが昨夜も今朝もまんまるでおっきくて、見とれながら車を走らせていて、


とりあえず、朝焼けの美しさにいてもたってもいられなくて、周囲の状況を素早く確認(大人だなあ)後、人気のない早朝の温泉街を走り回った。

すると、あら不思議。グリップが効く、滑らない!久しぶりの爽快感。
馴染みの0℃~-10度より断然滑らない!なんでだろう?寒冷地七不思議。
未知なる感覚。
釧路も冷えっ冷えっだから滑らないと聞いた。完璧な氷は滑らない。
刻々と移り変わる気温による水分量の変化。

「水」って、なんて感じやすい生き物なのだろう。

‥す、好き!


‥‥す、素手、痛っ!!