久しぶりの流水が、ぼくの中の「何か」に強く訴えかけてきた。
初めて水の上に漕ぎ出したときのことをぼくはよく覚えている。
ただただ漂うのがたまらなく好きで。水とひとつにとけあう天国のような境地にイケる瞬間があることをぼくは知ってしまっている。
幸せを感じる線がきっとぼくは一般のそれよりだいぶ低いところにあるのだろう。とにかく、浮いているだけで満ち足りる。それ以上を求めるなんて贅沢すぎやしないか、と。
思いっきり気持ち良くなるために、感じまくるために、快楽のためにのみ最大集中したい。
そんなわけで全く興味を持たず・持てず、熱する気配のなかった「サーフィン」にようやっと、どういう風の吹き回しか、突如として好奇心が疼き始めた2017。意外や意外、である。
きっとそれは、間違いなく冬の陸(おか)、コーヒーのおかげなんだと思う。
水の上にいることが長らく当たり前になりすぎていて、それが幸せであることを、陸への感謝の念をぼくはすっかり忘れていた。
コーヒーだけでは駄目で、カヌーだけでも駄目で、どちらかだけでは物足りないし愚かなぼくはきっとまた勘違いをしてしまう。
きっと、ぼくにはふたつはひとつ、ふたつでひとつ、なんだよなあ。
上下や優劣はない。ぼくらは皆、素晴らしい、ということを今回の人生でぼくは表現し切りたい。
どちらにおいても中途半端でなく、ブッ飛んだ表現者、という前例をぼくは他に知らないので誰の真似もせずに、それになろうと思う。ぼくは不器用だ。不器用なまま、どこまで行けるだろう。
思考が整理されていく。お付き合いありがとうございます。
カヌーが好きになればなるほど、コーヒーが愛おしくなり、
コーヒーを好きになればなるほど、カヌーが愛おしくてたまらなくなる。
馴れ合わずに高まり合うこと。相乗効果。
憧れるのもつくりたい関係性も守りたいのも、カヌーとコーヒーのような間柄だけ。
それ以外は全部捨て去って、これからさらに身軽になっていくんだろう。
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