早く起きたから早くお店に行った。楽しかったりやる気があると、特に定められていない出勤時間はどこまでも早まる。
仕事が愉しい人と、仕事が楽しくない人、世の中にはどちらが多いのだろう。
…仕事、愉しいですか?仕事中の自分、好きですか?
今、ぼくは非常に愉しい。感謝。
武器が自分の話しかなかったソトカフェ初期と重なる。場所が湖畔から陸地になって、葉っぱが立派な屋根になったけれど、カフェはカフェ。
こわいものは何もなく、99パーセント、ツアーは自分色になった、させた。できた。負け戦はシーズンに一、二回しかなかった。無敵。それらは「若いからだ」と言われたが、年ではなくオレだからだよとそのときは心の内で否定していた。
今なら納得。ぼくはあの頃確かに若かった。武器は若さだけだったからそれを使うのは至極当然の成り行きである。
やり方は変わる。うまくならないはずがない。
うまくなりたかったわけなのだが、うまくなってきてしまって、ドキドキすることやワクワクする回数、心の振れ幅も減ってしまった。
こなしたいわけではないのに、こなせてしまう。想像の域をどのツアーも人も超えてくれない。
面白いからやっている仕事が面白くなくなってしまい、
もて余したエネルギーを発散すべく、仕事以外に熱中できるものを見つけた。
あらゆる感情をぼくに与えてくれてきた「仕事」は、鉄の仮面をかぶり、ぼくとの会話を拒否した。いや、仮面をかぶせたのは、諦めたのは、目をそらしたのは、手離したのは、他でもないぼくだろう。
でも、本当は熱中したかった。
仕事で泣いたり笑ったりしたかったのだろう。
自分のことはわからない。そのときに分かるのは困難だ。何が問題かも分からなかった。問題があることすら気づいてはいなかった。
久しぶりの感覚が甦ってきている。
長きトンネルに、光が差しつつある。
仕事が愉しいというのは素晴らしい。
一分後、何が起こるか誰にもわからない。はらはらしたかった。
話がそれるなあ。朝焼けがきれいだった。
夕方より山々が明るくて、そっか、見なくなったから忘れていた。冬は朝が焼けること。そんなことを思い出した日、夕日を眺めつつのカフェでは、今日の朝焼けも良かったよね話になり、ああ、同じものを見て同じように美しいと感じる人が少なからずここにいることでどれだけぼくは救われているかとまた嬉しくなった。
日本カヌー界のはじまりには、この震災があり、それを越える3.11が起きた2011年、かのあは本格的に動き始めました。
目覚めるため、忘れないために、カヌーという乗り物があるのかなと思います。
ぼくはあの日、友達の力になることよりカヌーを選んだことをずっと背負う。
いつ死んでも後悔ないように。なんか、やっぱ、すぐ隣の死の息づかいとか見えるから些細なことを気にしている暇がない。
現代社会は失格で構わないから、命あるものとして最低限の任務くらいは果たしたい。
いつも、ありがとう。あほブログチェック、お疲れ様です!
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